6 たわけ者

 アルバテッラの中心。王城、玉座の間。

 ときの王サノスレジムは、貴族の聴衆の前で補佐官ユージーンに問いただした。


「そなたが気にむ西の防衛。

 次の襲来となる新月は?」


 補佐官は、低い声で答える。


「は。半月あとでございます」


「ふむ。充分に準備もできるであろう。

 異邦人マルコ・ストレンジャー!」


 今度は王は、異邦人のマルコをながめた。目は笑わず、口はにこやかに。

 マルコはその迫力にされ、「あ」と答える間もなく老人が告げる。


客分きゃくぶん騎士きしの身分を与える。次の西門防衛に参加し、そのさいを示してみせよ」


 マルコはぽかんと口を開く。

 広間に盛大な拍手と喝采かっさいがわき起こった。

 アルをはじめ、ユージーン、コーディリア、そして仲間は、マルコを案じ瞳がれる。


 マルコはまだ自覚がなかった。

 だが彼は、勅命ちょくめいいくさに巻き込まれ、それがその場の空気で決められたのだ。



「なんかむかつく」


 マルコの頭に声がした。

 彼はあわてて口に指をあて、暗い袋に手をあてる。

 拍手が鳴り止まぬ中、マルコは立ち上がり小声で「ダメだって!」とささやく。


 手で払う仕草のサノスレジムは、やがて怪訝けげんな顔になる。


「下がってよい。いや、待て。……マリスは、今どこにある?」


 マルコは、なにかにあやつられる気持ちに必死で抵抗した。頭の中では、なにかと口論してせめぎ合う。

 そうして、暗い袋のとば口を開いた。


 アルもエレノアも止める間もなかった。

 鬼気ききせま形相ぎょうそうで、マルコは王にふり返る。


「マリスならここに!」


 アルバテッラの中心。

 高貴なひとつどう広間で、異邦人は神の悪意マリスと呼ばれる石を高々とかかげた。


     ◇


 王も貴族たちも、マルコがにぎるものがなんなのか、はじめわからなかった。

 遠くからだと、それは真っ黒で、ひときわ大きなニワトリの卵に見える。


 コーディリアがすかさず携帯杖ワンドを取り出し詠唱。白く細い雲を、王女レジーナへ飛ばす。

「アル!」と研究長は叫び、アルはあわてて大杖の暗い袋に手をかける。

 しかし、間に合わなかった。


 マルコがにぎる黒石は、赤い光を広間にはなつ。

 鋭いすじが、貴族をめ回す。

 光を見た淑女は、自ら首に爪をたて絶叫。

 紳士も道化師も、苦しみに身悶みもだえ、おどる。

 聴衆は恐慌状態となり、出口に殺到した。だが扉の衛士は、恐怖のあまり動けない。


 赤い光は、サノスレジムのほおもかすった。

 生まれてこのかた、彼は祝福しか知らない。

 しかしこの時はじめて老人は、理由もわからない人生のかなしみを感じ、やるせない絶望に息がつまった。

 いつぶりか、ほおに涙が流れ、不安と恐怖が王の胸をつぶす。

 それが憎悪に変わる前、変異は終わった。


 素早くマルコは、自らの手に暗い袋をかぶせ、そしてひざまずく。


「こ、このように! こんな、危険なものをアル、アルフォンスさんは解決しようとしているのです! …………。立派りっぱです!」


 そんなマルコの口上こうじょうを聞いて、今度はアルも含め全員が、ぽかんと口を開く。


 サノスレジムの身体からだが、ずるずると玉座をすべり落ち、頭のかんむりかたむく。


「た……たた、たたた。たわけええぇぇ!」


 側付そばつきの者が、あわてて王を両側から支えた。

 安堵あんどする貴族たちは、まだ恐怖と興奮が冷めやらない。

 王のとなりの老婆、とききさきは、れた頭をもたげかすかに口をゆるめる。


 そのとなりの王女レジーナは、おしろいの顔をマルコだけに向けたまま、瞳を大きく、大きく見開いていた。


     ◇


 翌日。西区の通り。

 背中を丸める人であふれる道を、群青色ぐんじょういろのマントを羽織はお客分きゃくぶん騎士きしが通る。

 背には、その身分を示す丸い盾を背負う。

 向かい合うコクチョウとハクチョウの間に白い星が輝く、渡り鳥の紋章。

 通り過ぎる人々は、そんなマルコのうしろ姿を二度見した。


 だが、マルコのとなりを歩く若ドワーフは顔がにやけっぱなし。マルコを横目で見るとまたもや、「ぶふっ!」と吹き出す。


「昨日は心から楽しんだ!

 あのきどった第三の民たちの顔! それに何度も言って悪いがマルコのセリフ!」


「もう、わかったよ……。

 バールは、楽しかった! で済むけど……こっちは夕べ遅くまで説教されて––––」


「『立派りっぱです!』」


 すかさず、バールはひざまずいてマルコの物真似をした。

 マルコは顔に手をあて、天をあおぐ。


 二人は取引の続きのため、『西区の親方』と呼ばれる地の霊ノームの店に向かっていた。


     ◇


 扉の前で、真剣な顔の若ドワーフは何度も念を押す。


「ここからたわむれはなしだ、マルコ。

 地の霊ノームは偉大な精霊––––」


 すると屋根の上から、赤髪があらわれる。


「よお、たわけ者。きのう、面白かったぞ。

 あの道化師なんかよりずっと良かった!」


 マルコとバールは屋根を見上げ、うんざりした顔。

 アカネが笑顔でこちらを見下ろしていた。

 バールは早口になる。


「い、今から取引だからな」


「わかってる! このあとマルコは西門兵舎だろ。そして宿でアルと合流。

 ……その前に、ちょっとだけ––––」


「取引のあとなら大丈夫だ」


 バールはそっ気なくアカネに答え、地の霊ノームの店の玄関に手をかけた。


     ◇


「今日は、これをみてもらいたい」


 そう言って、若ドワーフは長い荷を帳場ちょうばの台にのせる。しかし、となりを見ると、彼はまた同じことをしでかした。

 マルコは、瞳を大きく開き、一風変わった店主を食い入るように見つめている。


「はあ……」とため息をついて、バールは手で目をおおった。

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