4 空中庭園

 王都の日暮れは早くなり、無数につらなる屋根が暗くなる。

 窓と街灯の明かりがともり、運河の水面にまぶしい光が反射した。


 東区にたたずむ王城は、白い城壁がかこむ。

 夕空に浮かぶ、とんがり塔との間に、こんもりした森があった。

 鳥の群れが、樹々きぎの影へと降りていく。

 その森にも光がまたたく。三層の建物に、つくられた緑。

 王都がほこる空中庭園だ。


     ◇


 エレノアは、庭園にいくつも浮かぶ魔蛍石まけいせきの光の美しさに息をのんだ。

 研究長コーディリアから説明された、神の善意をこめたかがやきは、神々こうごうしい。


 アルが、中庭の長椅子から立ち上がる。


「火は、仲間が使う。私は、敵を払う雷と、そしてできれば……浄化の日を使いたい」


 エレノアのとなりに座るコーディリアは、青黒い空を横切る鳥たちの影を見上げる。


「雷と日のちから携帯杖ワンドにこめる。

 思いつくのは……雷鳥ライチョウの羽」


「ライチョウ? あの、山のてっぺんに巣を作る鳥?」


 すっとんきょうな声を上げるアルを見て、コーディリアは首を横にふる。


「ただの雷鳥ライチョウではダメ。

 日の下の青空を何年も駆け、翼が深い藍色あいいろに染まった、紺碧こんぺき雷鳥ライチョウが必要」


「コンペキライチョウの羽?

 そんなの、どこで手に入るの?」


「心あたりはあるけど……簡単ではな––––」


 と研究長が語るなか、中庭に彼が姿をあらわした。

 白いマントに銀髪の髪。人懐ひとなつっこい笑顔が浮かぶ。補佐官ユージーンが駆け寄った。


「いいところに! 知らせがある」


     ◇


 空中庭園の屋上で、アルとコーディリア、そしてユージーンは激論を交わしていた。


「あの迷宮ダンジョン? ジーンのせいでひどい––––」


「だから! すすめるわけでは決してなくて、でも羽を––––」


「懐かしい! いい思い出だよな。俺たちの結束が試され––––」


 アルの携帯杖ワンドに必要な、紺碧こんぺき雷鳥ライチョウの羽がある東の陵墓の迷宮について、三人は我先にとまくし立てる。


 話についていけず、エレノアは王都の夜景を観ようと足を向けた。

 すると、空中庭園の端の城壁を、少年の影がすたすた駆けてくる。


「あぶなっ! ……え? アカネ?」


「お」と遠くの少年も声を上げる。

 疾走すると飛びねて、あやうげなく着地。


「エラ! ずっとここにいたのか?」


「そう……だけど。リアさんの話を聞いてて。あなたは、なにしてるの?」


「ここで、鳥と話すエルベルトを見なかったか?」


「えぇ?」とエレノアは怪訝けげんな顔をして、ふと遠くの端にもう一つの影を見つけた。

 影は危なっかしくふらついて、夜景の中へ落ちそうになる。

 彼女になじみのある、か細い声が届く。


「アカネえぇ……。どこ、行ったの〜?」


「マルコ!」とエレノアは口に手をあてる。

「そこにいて!」と、すぐさま走り出した。ふり向いて、らしからぬ太い声を上げる。


「アルううぅぅっ! マルコが大変たいへん!」


 その大声に魔法使いの三人は驚き、一呼吸おいて、それぞれ駆け出す。


 アカネはとがった耳の穴を指でほじり、第三の民たちが大騒ぎするのをながめていた。


「大げさだな……」


     ◇


 屋上庭園の奥。

 多すぎる鳥たちが、腕を広げる誰かを囲み羽ばたいている。

 魔蛍石まけいせきホタルのような光が、幻想的にもあやしいそれを、照らし出していた。


 一同は目を見開き、何者かを遠巻きにながめた。

 ユージーンが声をひそめる。


「今日もいるな……。あやしい『鳥男とりおとこ』」


 コーディリアが警戒心もあらわに応じる。


「しばらく前から出没しているのです。

 ……どこかの間者かんじゃでしょうか?」


 だが、マルコがつかれた顔をとなりに向けると、アカネが笑顔になって叫んだ。


「エルベルト!」


 とたん鳥たちは空に舞い、手をかかげるハーフエルフが姿を見せる。


「えるエルえるベ?」


 驚くアルは舌が回らない。

 アカネとマルコが駆け出すと、みなついて行った。



 あわれなことに、エルベルトはすっかりせ細っていた。

 目の下にクマができたエルベルトが、ほうけた顔をアカネに向ける。


「アカネ様? ま……まだ見つからなくて」


「その顔どうしたの? 大丈夫?」


 心配して、マルコはエルベルトの顔をのぞき込んだ。

 さっと顔を手でかくし、ハーフエルフの狩人は、わなわなと肩を震わせる。


「ここは人が多すぎる。気持ち悪……ウッ」


「もう平気だ! エルベルト。アオイは俺たちで探すから、少し街から離れて休め!」


 アカネが、はつらつとなぐさめた。

 エルベルトは、力のない目にじわっと涙を浮かべ、言葉もなくうなづく。


 その場の一同は顔を見合わせ、ほっと安堵あんどの表情が浮かぶ。

 そしてアカネとアルは、マルコを見つめ、同時に口を開いた。


「マルコ、明日は妹探しだ」

「マルコ、実は頼みがあって––––」


 少年エルフと探究者はぎょっと顔を見合わせ、歯ぎしりしてにらみ合う。


「人気者だね」とニヤリとして、エレノアはマルコを見つめた。

 しかしマルコは、つかれ切って肩を落とす。


 ふいに、ユージーンが威厳のある声を響かせた。


「つつしんで拝聴はいちょうせよ!

 アルバテッラ王の命である!」


 みな驚いて、背筋を伸ばす補佐官に注目。

 彼は続けた。


「異邦人マルコ・ストレンジャー殿、サノスレジム王との謁見えっけんが決まった。

 同志とともに、明朝、入城されよ」


 そう聞いて、マルコの口がぽかんと開く。

 はっと我に返ると、目を泳がせ仲間に顔を向ける。

 アルとエレノアも驚いた瞳でうなづいた。


 ユージーンは、いたずらっぽく口のはしを上げて一同を見回す。


「であるので。エルフの殿方も、探究者も、彼への頼み事は、そのあとがよろしかろう」

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