3 東区の商人

 王都東区のその路地は、綺麗きれいな石畳も家の壁も白く、曇り空でも明るかった。

 道ゆく人はまばらで、上等な帽子を上げてみな、奇妙な三人組をふり返って見た。


 マルコとアカネは、見分けがつかない家並みをキョロキョロとながめる。

 バールは迷いなく先頭を歩く。


「ここだ」


 立ち止まったバールが、ちんまり小さい、上品な看板を指さした。

 よく見ようと、マルコは目を細める。

 となりでアカネが木にび上がり、あっという間に屋根に登る。


「いろは紅葉もみじと、朱色の屋根だな!

 ちょっと行って、ここに戻るから!」


 そう言って、屋根の向こうへ姿を消した。


 マルコは、秋でも青々としたイロハモミジを見上げる。立派な大木だった。

 バールがこぼす。


「ふう……やっと落ち着いて買い物できる。

 アカネが戻る前に済ませよう」


 彼は、朱色の屋根の店の玄関へ向かった。

 あわててマルコが駆け寄ると、若ドワーフは思い出したようにふり返る。


「そうそう。ここは地の霊ノームの店だ。

 マルコ、あまりじろじろと見るなよ」


「のうむ?」とマルコは返し、扉を開くバールに続いた。


     ◇


「なにもかも高すぎる!」


 店内をかざ値札ねふだを見てバールは毒づいた。


 洒落しゃれた店内は、華美な装飾の板金鎧を置くだけで、壁の棚に数百枚の紙が並ぶ。

 一枚一枚、商品名と数字が書かれている。


 しかしマルコは、店内の様子は眼中になく大きく目を開いた。

 若ドワーフが、長い荷を帳場ちょうばの台に置く。


「今日は、これをみてもらいたい」


 荷をほどきつつ、横目でマルコを見上げ、「ウホン!」と咳払せきばらい。

 だがマルコは、一風変わった店主から目を離せない。


 その店主はマルコより背が低く、頭の大きさは人の半分ほど。明るい淡黄色の髪。

 土色の顔は老人だが、目鼻も華奢きゃしゃな肩も、全てのつくりが小さかった。


 マルコは、まるでとしをとったアルをそのままちぢめたみたいだ、と驚く。そして隠すことなく、ひたすら店主を見つめた。


 地の霊ノームの店主は、熱い視線を嫌がるように顔の前を手ではらう。

 はじめは穏便おんびんに。


「バルタザール様……ご友人は初めてかね。こう見られると、おもはゆくて」


 バールは、あわててマルコの腕を強く引っ張った。

 だが、それでもマルコは食い入るような目のまま。

 地の霊ノームの小さい目がけわしくとがる。


「いつまで見てんだこのヤロー! こっちはこのツラ、300年は使ってんだ!

 この、モグリめ!」


「ソーリさん申し訳ない。彼は初めて––––」


 バールがあわてて店主に謝る。

 はっとマルコも非礼に気づき、ぺこりと頭を下げた。


 店主ソーリは、細い腕を組んで「ふん!」とへそを曲げる。

 マルコは上目遣うわめづかいにそれを見て、なんだかかわいらしく思い、口もとがゆるむのを手でかくした。


     ◇


「あー、ダメだバール。これは親方でないとあつかえない」


 帳場ちょうばの大剣––––マグナスののろわれた剣––––を鑑定すると、開口一番、ソーリが言った。


「そこをなんとか」とバールは残念そうに頭をかくが、店主はピシャリと応じる。


「ダメ、だ。値がかさむのろいの品は、西区の親方の店にいっとくれ」


 そう聞いて、ガクッと肩を落としたバールだったが、すぐ立ち直る。

 彼は、店主ソーリとこそこそ話し、西区の親方の店を聞き出しはじめた。


 居心地が悪くて、マルコは華美な板金鎧をながめてやり過ごした。

 ごってりした獅子ししの頭がついた肩当て。大きすぎる角がついた兜。とても実戦では使えなさそうなシロモノだ。


 やがてバールが荷を背負い、マルコに目配せして店を出ることになった。

 背中から、店主ソーリの嫌味いやみが聞こえる。


「若いの、わしの親方に無礼な態度をとるな。

 それとバール、いまの特売品はコメだ。それもふる〜い古々米がおすすめ。ヒヒッ!」


 バールはじろりと見返したあと、キョトンと立つマルコをうながし、店を出た。


     ◇


 地の霊ノームのソーリの店の前。

 雲の隙間すきまから日の光が差した。

 若ドワーフがマルコに、店での態度についてぶつぶつお説教をしている。


 だがマルコの耳には入らず、彼は驚きのあまり顔を上げた。

 さっきまで緑だった、イロハモミジの葉が赤く色づいている。


「店にいる間に……紅葉こうようした?」


 呆然ぼうぜんとマルコがつぶやくと、赤いモミジの間からアカネが笑顔を見せる。


「よお! 遅かったな」


 少年エルフは、から軽やかに降り立つ。

 バールはすっかりうろたえた。


「こ、これから西区に行くんだ! それからマルコの装備を––––」


「順番だろ、バール。エルベルトの居場所を見つけたんだ。マルコを借りるぞ」


 そう言うとアカネは、マルコの手を引き、「ほら!」と木登りさせる。

「え? え?」と戸惑いながらマルコは、足場に良い枝になんとか登り、の上に立つ。

 アカネは今度は、屋根から手を伸ばす。


「ちゃんと引き上げるから。べ」


 マルコはやけくそになり、朱色の屋根の、へり目がけて飛んだ。

 下から若ドワーフが叫ぶ。


「西区の店は探しておく。次は取引だぞ!」


「わかった……」となんとか答え、マルコは屋根へよじ登った。

 見ると、アカネはもうとなりの建物の屋根にいる。

 マルコは叫ぶ。


「な! 屋根づたいに行くの?」


「城壁の近くだ! この方が早い」


「そんな……」となげきながら、マルコはよろよろと屋根の上を歩いた。

 だが、浮かんだ疑問を少年エルフに投げかける。


「どうやって、そんなに早くエルベルトを見つけた?」


 アカネは楽しげに笑うと、ふり返った。


「思い出したんだ!

 あいつは人混ひとごみが、チョーニガテだってこと」

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