21 宮殿遺跡の対決 後編

 黒い石のあるじは、無造作に腕をはらう。

 マルコは、アルをうしろに突き飛ばして、自らもび下がった。


 気持ちは落ち着いて、身体からだも動けている。でも、何か足りない。

 マルコはそう思った。

 エルベルトに勇気をもらったのに、踏み込むには気後きおくれする。

 心と体のかたさを、どうにかしたかった。


 笑みを浮かべる小鬼ゴブリンは、次はどこに飛ばすのか、腕を宙でふり回す。


 ふとマルコは、端村はしむらの大宴会の儀礼を思い出した。

 ためしに、床の石畳を二度踏み鳴らす。

 ドンではなく、ペタン! と弱々しい音。

 それでも「おう!」と力強く叫んでみた。


 うしろのアルがはっとし、ひとり言をいう。


「なんで……狂戦士バーサーカーの真似事なんて」


 マルコの耳にその言葉は届かない。

 床を打つ刺激が脚のかたさをなくす。軽く跳躍もして身体からだをほぐすと、彼は剣を構えた。



 ふいに巨大な爪が突く!


 間一髪、マルコは左によける。

 返す刀で、甲羅こうらふしを切り上げた。


 小鬼ゴブリンは、巨大な腕を上げ絶叫。

 またもマルコはび下がり、剣にべっとりついた黒い血を見る。

「腕をたたけば……なんとか」と、この時はそう考えた。


 あざやかな、マルコの剣さばきを目にしたアルは驚き、そしてはげまされた。

 神の悪意への恐怖にあらがい立ち上がる。そして、静かにつぶやき詠唱。

 かがやくグリーの石から、光る雲がうずを巻いて広がる。彼の身体からだを取り巻いていく。

 顔の刺青いれずみは消えて、アルは自分を取り戻した。


     ◇


 黒いものがしたたる腕をあげ、悲鳴をあげる石のあるじ

 だがしかし、しばらくすると、また笑みを浮かべる。

 小鬼ゴブリンの腕は傷がふさがり、黒いしたたりもおさまった。


「体をめないとダメだ」と、マルコは思い直す。


 再び、マルコへ鋭利えいりつめが飛んだ。

 こんどは右によけて体をねじり、マルコは相手に大きく踏み込む。

 反動から渾身こんしんの一撃!


 しかし「キイィーーン!」と音がした。

 マルコのうしろでやいばが石畳の床に刺さる。

 小剣は、かた甲羅こうらはばまれ、根元から折れてしまった。


 呆然とするマルコを、横にはらうつめが吹き飛ばす。

 激しく石柱にぶつかり、彼は気を失った。そのまま体は沈み、柱にもたれる。


「マルコーーー!」


 アルが叫び、即座に白い雲を小鬼ゴブリンに放つ。

 だがそれは、けむたそうに払われるだけだ。


 打つ手はもう、無くなったように思えた。


     ◇


 ふと気がつき、立とうと手をつくマルコ。手に、腰から伸びる何かがあたった。

 あわてて引くと、すらりと抜ける。

 エルベルトにもらったけものの小剣。マルコは目の前にかざしてみた。


 かたどられたおおかみは、刃をみこんでいるようにも、逆に口から吐き出しているようにも見える。


 彼はそのを握りしめ、つぶやく。


「剣術のような……ハァ、曲芸のような……。

 フゥ……。

 つらぬく意志いし加護かごを!」


 そういのると、立ち上がった。



 無謀にもマルコは、黒い石のあるじを真っすぐ見つめ、一直線に駆ける。

 雲をはらったあるじは、またもニタリと笑う。

 マルコ目がけ、巨大なつめを真っすぐに突き出した。

 

 鋭い切っ先が、マルコに深々と刺さる。と思われた刹那せつな、踏み込むマルコはぎりぎりで体を半回転。右によけた。

 剣持つ体をねじる時、それはあらわれる。

 桃色ピンクの髪は燃え上がり、草色の体の精霊。

 それは、マルコの身体からだに重なった。


 一撃目を打ち当て一回転。それは、勢いをつける打ち込みだ。

 さらに回りながら進んで二撃目を打ち込み二回転。マルコの心が叫ぶ。


「剣ではない。おどるように!」


 踏み込んでもなお、あるじの肩は遠い。

 しかし、精霊が重なるマルコは、まだ動けていた。


 さらに回りながら進んで三撃目を打ち込み三回転。彼は、無心の踊り手となる。

 そして、三回まわりきった時、足を地面にぴたりとつけて、踏ん張る。

 顔の前で、驚く小鬼ゴブリンと目が合った。


 そうして、足から順にねじれてたまった力が、剣持つ肩を逆回転させる。

 あまりの反動に、マルコの身体からだはきしみ、悲鳴を上げる。

 だがしかし、草色の精霊とさらに、桃色ピンクの髪がゆれる少女のまぼろしも重なる。

 3人のひとみが、あるじをにらんだ。


「ぁぁあああああっ!」


 けものの剣は、あるじの肩を一気に切り抜いた。


     ◇


 黒い石のあるじは、いったいなにが起きたのかわからないまま、巨大な腕が自分から離れていくのをながめていた。


 左を見ると、自らの肩ごとゴッソリとなくなっている。

 しかし、断面はかわいて、痛みはない。


 その小鬼ゴブリンは、これまでになにがあったのか思い出せない。

 だが、わずかに残った大切な記憶、王冠を見つけた時の喜びを思い出そうとした。


 体は床に打ちつけられ、ねる。

 腹這はらばいになり、なんとしても王冠を目指す。

 だが微塵みじんも進めず、蒸気を出してしぼむと、その体はちりになった。


     ◇


「シェリーのダンス、実戦で使えた……」


 意識は朦朧もうろうとし、マルコは勢いのまま石の床に音を立て倒れた。

 体を横に吐き気をこらえる。目は回って、世界がぐらぐらする。

 

 遠くから、歓喜の声が駆け寄って来た。



「マルコ! すごいよ!

 いつの間に、こんな立派な戦士に……」


 ふらふらとマルコが見上げると、べそをかいたアルが見下ろしている。

 無理して立ち上がり、マルコはふらついてアルに抱きついた。


「君も自分で身を守るすべが必要……って。

 手紙くれたの……アルでしょ?」


 彼もべそをかいた。



 ふたりは肩を抱き合い、しばらく泣いた。

 危機を乗り越え、ほっとした脱力感。

 それと、どうにか生き残れたという喜びを分かち合っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る