20 地下の宮殿遺跡での対決

 扉がゆっくり開くと、神の善意の石、グリーの光りに照らされて、石畳の床、何本もの石の柱がある、大広間が見えた。


 そして、大量の小鬼ゴブリンの顔、顔、顔。

 小鬼ゴブリンたちはみな一斉にこちらを見るが、キョトンとした表情で、何もしてこない。

 マルコが見上げると、石柱の上には梁があり、そこにも大勢の小鬼ゴブリンたちが腰掛けていた。


 マルコはその数に圧倒されて、思わず声が震えた。


「……あ、……アル? ど……どうすんのさ……これ……」


「大丈夫……。彼らのことは任せて」


 アルは落ち着いて答えると、大股で歩き、大広間の中へと入っていった。

 あわててマルコもその背中について入る。


 それが合図になったようで、小鬼たちは同時に金切り声をあげて騒ぎはじめた。

 息苦しくなるほど広間に充満する騒音に、マルコは思わず耳を塞いで、懐かしいあの端村の大宴会も、これに比べれば行儀が良い方だったな、とたわいもないことを考えた。


 アルが口もとを動かし、何かをつぶやいている。

 グリーの光りが、一度強く輝くと、小鬼たちも何かを感じたようで静かになった。


 すかさずアルは、広間中に通るほどの大音声を発した。


「聞け! 地の中から生まれ出し一族よ!

 たとえ、神の悪意、マリスに誘われこの地に集ったとしても! 

 この、神の善意、グリーの日の光が汝らを焼き尽くすだろう!


 従え! この時から生まれ出し元に帰らんことを!


 去れ! さもなくば、目にしたことの無い光輪が汝ら各々を縛り、さいなむだろう!」


 そう叫んだアルは、マルコに振り向くと「目を閉じて!」とささやいて片目をつぶった。

 マルコは言うことをきいた。


 グリーの周りから、雲のような柔らかい光りがいくつもいくつも渦巻き広がっていく。

 すると、それを中心に、広間中にだんだんと昼間の光りが満たされた。

 小鬼ゴブリンたちが、またもや一斉に悲鳴を上げながら、走り出す。


 目を閉じていたマルコは、逃げ出す小鬼ゴブリンたちを目にしなかったが、幾百もの手足があわてて床や柱や天井をこする、砂嵐のような音を聞いた。


 そして、閉じたまぶたを通してもまぶしいほどの、爆発するような音をともなう白い輝きを、一回だけ感じた。


     ◇


 マルコがそろそろと目を開いてみると、大広間の中は、きれいに小鬼ゴブリンたちがいなくなっていた。


 グリーの光りが照らす奥まで目を凝らすと、反対側の壁にいくつもの穴があり、そこから何かの足音か不満げなうめき声が聞こえた気がしたが、すぐにそれも無くなった。

 マルコは、最大の危機を乗りきったと思って興奮し、高揚した顔で、アルの方を見た。


 しかし、広間の中央まで進んだアルの横顔はさえず、そして何かに気づくと、目を恐怖に見開いて、右手の奥をじっと見つめたまま言った。


「……あったよ、マルコ。……あれだ」


 マルコはアルの元に駆け寄って、彼が見つめる方を、同じように眺めた。

 グリーの光りが届く広間の奥に、錆びた鉄製の玉座があった。


     ◇


 グリーの明かりがなければ、真の暗闇であろう、その大広間には、奥の玉座に向かって、対になった石柱がいくつも並んでいた。

 玉座の背後の壁には、ごみとなった何かの布の切れ端が見える。

 マルコとアルが近づいてみると、錆びた玉座の背もたれに、やはり錆びた王冠がかかっていた。


 王冠の中央に何かの宝石が付いてるようで、はじめマルコは、その宝石がグリーの光りを反射しているものだと、てっきりそう思っていた。


「……ちょっと、待って……マルコ」


 アルは息をするのも苦しそうに、腕をマルコの前に差し伸べて歩みを止めた。

 マルコは彼の顔を見上げると、もう口に出さずにはおれなかった。


「アル……。ほっぺたに、刺青いれずみのような痕が……」


 背中を丸めたアルの顔には、何本もの黒く尖った刺青いれずみが凶々しく走っていた。

 アルは応える。


「……ああ……これ?

 体質というか、血筋というか……。

 今は、気にしなくて大丈夫だよ……」


 苦しげに、なんとかそう答えると、アルは玉座に目を向けたまま言った。


「……………最悪だ」


 マルコが玉座を見やると、その後ろの壁に、大きな人影が写った。


 そして、これまで目にしたものより二回りも大きい屈強な小鬼ゴブリンが一匹、背もたれの後ろから姿を現した。

 その小鬼ゴブリンは、他とは違って、頭に黒っぽいトサカのような毛が生えている。

 赤い目を見開いて、大きな赤い口を開き、ニタリと恐ろしい笑みを見せると、王冠の宝石に指を伸ばした。


「遅かった……。もう……、あるじがついていた」


 アルは、そうつぶやくと、崩れるように体を沈めたので、マルコはあわてて支えた。

 アルの手を握ると、小刻みに震えていた。


 頭が黒い小鬼ゴブリンは、王冠に付いた小さくて黒い石を指でつまむと、それを高々と掲げ、背筋がぞっとするようなかすれた奇声を発した。

 すると見る間に、その石を持つ左腕全体がむくむくと膨らみ、赤黒い甲羅のようなものでおおわれ、先端はまるでさそりのような爪に変形した。

 その、片腕だけがいびつに巨大な小鬼が、ブンッと腕を振り回し、石柱に打ち付け、壊しながら、こちらに一歩一歩、近づいてくる。


「……ダメだ。計画は失敗だ……。

 逃げよう、マルコ」


 アルは目を見開き、がたがた震えながらそう言った。

 だがマルコは、静かにアルの前に立つと、落ち着いた声で、こう答えた。


「ここからは、……僕に任せて。アルは、下がってて」


 その時マルコは、やっと答えにたどり着けたと思った。

 セバスティアンの、今はマルコが着ているこの鎧を、バラバラに壊した相手が今、目の前にいる。


     ◇


 黒い石のあるじは、マルコ目がけて無造作に左腕を振り回した。

 が、マルコはアルを後ろに突き飛ばしつつ、自らも飛んで後ろに下がり、なんとか避けることができた。


 気持ちも落ち着いている、身体も動けてはいる。でも、何かが足りない。

 マルコはそう思った。

 エルベルトに勇気をもらったのに、相手に踏み込むには気後れして、心と体の硬さを何とかしたかった。


 前方の小鬼ゴブリンは余裕の笑みを浮かべて、次はどこに飛ばそうかと腕を空中で振り回していた。


 心を一点に集中したいと考えたマルコは、ふいに、端村の大宴会の儀礼を思い出した。

 試しに、床を二度踏み鳴らし––––といっても硬い石畳だったので、ドンではなくペタン! と鳴ったが––––、「おう!」と力強く叫んでみた。

 後ろのアルがはっとして、ささやいた。


「……なんでこんな時に、狂戦士バーサーカーの真似事なんて……」


 マルコの耳にその言葉は入らず、脚の筋肉に良い刺激がいったと思い、軽く跳躍もして、身体をほぐし踏み込みの準備をする。


 突然! 小鬼ゴブリンの巨大なさそりの爪が突いてきた。


 マルコは間一髪で、左に踏み込み回避する、返す刀で相手の巨大な甲羅に、小剣をたたき込んだ!

 どこかの筋を切ったようで、小鬼ゴブリンは巨大な腕を上げて絶叫した。

 小剣に付いた黒い血を見たマルコは「このまま腕をたたけば……、なんとか」と考えた。


 マルコの剣術を初めて目にしたアルは、驚き、そして励まされて、かろうじて神の悪意がもたらす恐怖心を振り払って立ち上がると、静かにつぶやき詠唱した。

 グリーの白い石から、柔らかい雲の筋が広がり、彼の身体を取り巻いて、顔の刺青いれずみは消え、アルは自分を取り戻すことができた。


     ◇


 黒いものがしたたる腕を掲げ、悲鳴をあげた黒い石のあるじだったが、しばらくすると、またニタリと笑い、マルコを見た。

 見ると、小鬼ゴブリンの腕は傷が塞がっていき、黒いしたたりもおさまっていった。

 マルコは「本体に攻撃しないとダメだ」と心でつぶやく。


 と、その時、またもマルコ目がけて赤く鋭利な爪が飛んでくる。

 次は右手に避けて体をねじり、マルコは小鬼ゴブリンに向かって大きく踏み込んで、力の限り切りつけた!

 しかし「キイィーーン!」と音がしたかと思うと、マルコの後ろで刃のみが石畳の床に刺さった。


 小剣は根元から折れてしまっていた。


 呆然とするマルコに、横払いの腕があたり、マルコは石柱の根元に突き飛ばされ、背中を打った。

 ぐったりして、そのまま柱にもたれる。


「マルコーーー!」


 アルが叫び、すかさず白い雲を小鬼ゴブリンに放つが、それは、煙たそうに腕で払われるだけだった。


 打つ手はもう、無くなったように思えた。


     ◇


 ふと気がつき、立ち上がろうと後ろに手をついたマルコは、腰に結んだ何かが手にあたったと感じた。

 あわてて引くと、すらりと抜ける。

 エルベルトにもらった剣だった。

 目を落とすと、狼を形どった柄は、流線形の刃を呑みこんでいるようにも、逆に口から吐き出しているようにも見える。


 彼はその柄を握りしめ「剣術のような……ハァ……曲芸のような事をする……フゥ……僕に、貫く意志の加護を」と祈ると、立ち上がった。


 無謀にもマルコは、黒い石のあるじに向かって駆け出していた。

 白い雲を払い終えた主が、またもやニタリと笑って、真っすぐにマルコ目掛けて巨大な爪で突いた! 

 

 その尖った先端がマルコの体に深々と刺さると思われた刹那、踏み込みながらマルコは、ぎりぎりのところで体を半回転し、腕の右手に避ける。

 そのまま剣の一撃目を打ち当てて体を一回転。「これは勢いをつける打ち込みだ」とわかる。

 さらに回りながら進んで二撃目を打ち込み二回転。


「剣ではない。踊るように!」


二回転を回りきるが、まだ小鬼ゴブリンの肩は遠い。

 さらに回りながら進んで三撃目を打ち込み三回転。無心の踊り手のように腕も使い脚も用いて回転する。

 がしかし、三回転を回りきる、その時、足を地面にぴたりとつけて踏ん張った。

 もう目の前の小鬼ゴブリンの驚く顔と、目が合った。

 そうして、足から上半身に順にねじれてためた力を使い、剣を持つ右肩を逆回転させ、その反動の力を一気にあるじの肩に切りつける!


「シェリーのダンス、実戦でも使えた……」朦朧もうろうと考えながら、マルコは勢いのまま石の床に音を立てて倒れ込んだ。



 黒い石のあるじは、いったい何が起きたのかわからないまま、巨大化した腕が自分から離れていくのをぼんやりと眺めていた。

 左を見ると、自らの肩ごとゴッソリなくなっている。しかし、断面は乾いて、痛みはない。

 その小鬼ゴブリンは、これまでに何があったのか思い出せないまま、残った記憶の内、王冠を見つけた時の喜びを再び思い出そうとした。

 体は倒れ、腹這いになってでも王冠のある玉座を目指す。だが、微塵も進めず、蒸気を出して乾き萎むと、その身体はちりになった。


     ◇


 倒れたマルコは、体を横に、吐き気をこらえた。

 目が回り、世界がぐらぐらして気持ちが悪い。向こうから歓喜の声が駆け寄って来る。


「マルコ! すごいよ!

 いつの間に、こんな立派な戦士に……」


 マルコがふらふらと見上げると、べそをかいたアルが泣き顔で見下ろしていた。

 マルコは無理して立ち上がると、ふらついてアルに抱きついた。


「『君も自分で身を守るすべが必要だろう?』って……手紙をくれたのは……、アルでしょ……?」


と言いながら、マルコもべそをかいた。


 二人は、肩を抱き合いながらしばらく泣いて、危機を乗り越えほっとした脱力感と、どうにか生き残ることができた喜びを分かち合っていた。

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