19 再会

 まぶたの向こうに、白く、暖かい光を感じる。


「……こ! …………きこ…………るこ?」


 懐かしいような、そうでないような、呼びかける声も聞こえる。


 ゆっくりと瞳を開いた。

 目の前に、まばゆい光に照らされ、橙色オレンジの髪をした、やや鋭い眼差しの男の顔がある。

 その表情はめまぐるしく変わり、必死に呼びかけ、心配して、不安そうな表情も見せれば、まるでこちらを観察するかのように、ふと冷静な目で無表情にもなる。


 ああ、この表情は見たことがある、とマルコは思った。

 が、次の瞬間、しっかりと意識が覚めると、つかの間よぎった思いは忘れて、喜びで声をあげていた。


「……アル? アルなの? アルーー!」


「マルコーーー! ハァア〜。良かったよーーー!」


 神の善意と呼ばれる石、グリーが仕込まれた杖を持つ魔法使い、アルが安堵の表情をした後、こちらに笑顔を見せていた。


 マルコがほっとして見回すと、アルが持つグリーの光りが周りを照らし出している。ほら穴の中にまだいる事がわかった。

「はあぁ」と吐息をつきながら、これまでの事を思い出し、視線をアルに戻すと、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。


「もぉー! 遅いよ、アル! いったい今まで何やってたの?

 こっちは本当に大変で––––」


「ごめん! 本っ当に、申し訳ない!

 なんやかんやあって、予定よりもだいぶ遅れてしまって……」


 とアルは必死に頭を下げて謝った。懐かしく感じる、よく通る声で話す、ちょっとお調子者のアルだ。

 マルコは、何だか真剣に怒るのが馬鹿らしくなってしまい、こらえることができず笑ってしまった。

 それを見たアルも、安心したように一緒に笑った。


     ◇


 しゃがんだアルは、壁にもたれて座るマルコに、グリーの光をかざしたり、身体を軽く触って、ひとしきり調べた後、驚きの声をあげた。


「やはり目立った外傷はない。

 ……ずいぶん、入念に加護がかけられているね」


「……ああ。エルベルトが……。

 あの……彼は友達なんでしょ?」


 マルコは不安げに尋ねたが、アルは即答した。


「ああ! そうだよ」


「良かった……。それで、エルベルトがおまじないをかけてくれたんだ」


「おまじない〜〜? 彼がそう言ったの?」


「そう……だけど。いろいろ飲まされて……。

 いや、美味しかったんだけどね……」


「……まったく、あの人もよく言ったもんだよ」


 と言って、アルは「よいしょ」とそのまま地べたに腰を下ろした。

 マルコは、上目遣いに聞いてみた。


「どうしたの? おまじないとは違うの?」


「……。マルコ聞いて。

 君は今、極めて高度な精霊術をかけられている状態だ。

 きっと普段よりもずっと早く考えたり身体を動かせたはずだ。


 むろん……これは、土の気……とも親和性を高めてあるので、こんな洞窟なら、よほど力を発揮するだろう。


 ……まあ来る途中で見たけどね。たくさんの小鬼ゴブリンの死体を。あれは君の仕業だろう?」


「……たしかに、そうだけど。……でもそれって……まずい状況?」


「いや! ぜ〜んぜん。むしろ好都合!

 エルは、実に良くやってくれたよ」



 そう言って、アルは上機嫌に顔をほころばせて笑った。

 ほら穴の暗がりの中、グリーの白い光りは柔らかく輝き、アルの笑い声が明るく響いた。


     ◇


 おもむろに、アルは荷物をごそごそと探りながら言った。


「さて……、それじゃ、マリスの探索をもう少し続けてみる?

 確かめたくて、入ったんだって?」


 マルコは今はつかれきって、それどころじゃなかった。


「無理無理。もう身体を動かせそうにないんだ。

 僕、あちこち傷だらけでしょ?」


「……いや、加護のまもりで傷は浅かったので、もう治してある。

 ……マルコが今、感じているのは、ただの疲労だよ。


 …………あった! これを飲んでごらん」


とアルは話して、マルコにガラスの小瓶を渡した。

 マルコはそれを受け取りながら「また何か飲むのか」と、少しうんざりした様子で小瓶を眺める。

 手のひらに収まるガラスの小瓶には、青く光る液体が入っていた。

 アルがその様子を見ながら続ける。


「どうしたの? ほら、ぐっといって。

 ぐぐ〜っと飲んでごらん。元気が出る薬だから」


 マルコは、手で飲む仕草を繰り返すアルを横目でにらみつけた後、小瓶の蓋をとって、「やれやれ」と思いながら一気に口に流し込んだ。


 それを見たアルはニッコリ笑い「扉を開けられるか見てくるから、まだ座ってて」と言って立ち上がると、大杖を持って扉の前へ歩いていった。


     ◇


「どう? 開けられそう?」


とマルコは尋ねながら、拳を握り締めたり、足を動かしたりしていた。

 内心、先ほどの青い薬がてきめんにきいて、体調がすっかり回復した事に驚いていたが、アルには黙っていた。


「……え? あぁ……そうだねぇ。

 ……私も学生の頃は、何通りもの解錠の呪文を覚えさせられたもんだけど……今はグリーがあるから楽だなぁ。


 ……とはいえ、先に仕組みは、見ておかないと。

 ええと、あれがこうなって、これがこうだから……」


 アルは扉の前でしきりに指を動かしながら、熱心に扉の周りをあちこち見ている。


 体がすっかり良くなったマルコは、腕を組んで、これからの計画を真剣に検討していた。

「仮に二人で扉の中に侵入したとして、あの大勢の小鬼ゴブリンの相手は、とても無理だ。

 成果を得るといっても、中をチラッと見て、マリスの石をチラッと見るだけかなー?

 もし近くに石があれば、自分がさっと奪って持って逃げる。

 アルもああ見えて、逃げ足だけは速いんじゃないかしら……」


 などと、うんうんと頭をうならせながらマルコが考えていると、そばでゴゴゴゴッと重低音を上げながら扉が開きはじめた。

 マルコはあわてた。


「え! ええーっ? 嘘でしょう? 普通聞くよね?

『本当に開けるぞ!』とか『今から突入する!』とか……こんな……いきなり」


 アルは頭をかきながら、申し訳なさそうにマルコに謝った。


「ごめん、ごめん。施錠の仕掛けが思ってたより少なくて……。


 ……まあ、開いちゃったもんは仕方ない。

 マルコ! 準備して!」


 アルはそう言うと、大杖をかかげて扉の中を向いた。グリーの光りがひときわ輝く。

 マルコは言われて、あせって立ち上がったが、自分の体が軽くなったことにまたもや驚いた。

 小剣を抜いて、小盾を持ち、アルの方へと走る。


 その時、マルコは妙なものを見た。


 アルの横顔、頬と額にいくつかの黒っぽい筋が、薄く浮き上がっていた。

 まるで、未開の蛮族が施す刺青いれずみのような、尖った形の何本もの筋だ。

 マルコは気づかないふりをして、アルのとなりに並んだ。


 見てはいけないものを、見てしまった気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます