18 謎を探求する者

 崖のふちに腰かけるエルベルトは、ひとみを閉じる。

 風が葉をゆらし、枝葉がこすれる心地よい音を、のんびり楽しんでいた。


 小鳥が飛んできて、彼の肩にとまる。

 ほおと腹が白いシジュウカラが、エルベルトの耳元でさえずる。

 くすぐったそうに、彼は首をかしげた。


 とその時。


「……ぁぁぁぁあああああ!」


 叫び声を上げ、マルコが洞窟から飛び出た。


「よし!」とエルベルトは片膝立ちになり、弓をつがえる。

 小鳥は飛び去った。


     ◇


 勢いのままマルコは、丸石の河原でころびそうになる。

 なんとかふり返ると、洞窟の入り口はぽっかりと黒いまま。

「あれ?」と彼はつぶやき、一呼吸して、緑色の集団が穴からわらわら飛び出した。


「イイィィーーッ!」 

「ギァアアアアー!」

「シギイイィッ!」


 金切り声をあげ、小鬼ゴブリンたちは日の下にその姿をさらす。

 緑色の肌に、ころもはボロ布。

 手にはお粗末な棒切れや、びて曲がった剣を持つ。

 日の光にさらされると目は白濁はくだくし、耳と口が不自然に大きいのはさっきと同じだ。

 みな、子どもくらいの背丈だった。

 気持ちは悪いが、太陽の下では、マルコは怖いと思わなかった。


 小鬼ゴブリンの一族は、後から後から押し出して、穴の前でばたばたところたおれる。


 刹那せつな、マルコの頭の上で、いつか聞いた風切り音が立て続けに鳴る。

 エルベルトが、いくつも矢を放っていた。


     ◇


 洞窟の入り口前に、小鬼ゴブリンの死体がならぶ。

 すべて、頭か胸を一矢で射抜かれていた。


 マルコは亡骸なきがらをじっくり見ながら、強烈な違和感にとらわれた。

 手には棒切れや、びた剣。

 子どもと同じ細い腕は非力そうだ。

 足も遅いので、逃げるのも簡単だった。

 体の下に、黒い血が広がる。


 マルコは心でつぶやく。


「マリスの毒。

 夜に対峙していれば、あの鳥や森のぬしのように、この魔物も恐ろしいのかな?」


「それでも、あのポンペオにきたえられてた、セバスティアンの鎧をバラバラになんて」


 マルコが真剣に考えていると、崖上のエルベルトが声をかける。


「よくやった、マルコ。

 小鬼ゴブリンのこともわかったろう。

 今日の作戦は無事終了だ。

 なにより、こちらの被害がないのが、喜ばしい––––」


 エルベルトがねぎらいの言葉を続けるが、マルコの耳には入らなかった––––。


     ◇


 マルコの頭に、記憶が次つぎよみがえる。



「セバスティアンは小鬼ゴブリンどもにやられ」と、エルベルトは言った。


 アルの手紙はこうだ。

「御子息を森で亡くされている」


 洞窟のことは?

 エルベルトは語った。

「なぜ、アルフォンスがその洞窟を知っていたのか、私にはわからない」


 アルは小熊亭で話した。

「長年私は、この近くにその石があるんじゃないかと調査をしていて」


 セバスティアンと洞窟をつなぐのは?

 それはきっと、エルベルトの言葉通りだ。

「彼自身がさそわれてしまった––––」


     ◇


 はっとマルコはおもてをあげ、洞窟の穴へ、鋭いまなざしを向ける。


「間違いない。

 この奥にセバスティアンを誘ったマリス、神の悪意の石がある」


 マルコは、そう確信した。



 エルベルトは、洞窟を凝視してただならぬ様子のマルコに、戸惑う。


「マルコ、上がってこい。もう、帰ろう」


 マルコは、ゆっくりエルベルトを見上げると、泣きそうな顔をしていた。


「あの、うまく言えないけど、僕はもう一度、この中へ入らなきゃ」


 エルベルトは血相を変える。


「何を言っている? 正気か?」


 マルコは下を向き、自らの鎧に目を落としたあと、再び顔を上げて哀願した。


「もう……鎧をこわしちゃいけない。

 もう、セバスティアンにおきたことは……なくさなきゃ。

 アルが、僕なら運べるって。

 お願い……中を確かめたいんだ」


 この顔は見たことがある、とエルベルトは強い既視感にとらわれた。

 アルフォンスに紹介されたセバスティアンだ。


 初めて森で会った時、髪が赤紫色の青年は泣きそうな顔でエルベルトに哀願した。


「この森を……村を守るために、あなたのお力を、どうかお貸し下さい」


 エルベルトは、意志が固くそれをつらぬく青年の顔を思い出していた。


 その間に、マルコは洞窟へ走り出した。

 エルベルトが思わず手を伸ばす。


「待て! マルコ。アルフォンスが––––」


 その言葉は届かないまま。

 金の霊の加護をうけたマルコは、まるで、鉄の槍のように洞窟の深淵をつらぬこうと、その身を暗闇に投じた。


     ◇


 暗がりに、赤い光がさまよう。

 いくつもの赤い残像がただよう。

 だが剣がきらめくたび、赤い光は消えて、残像もなくなった。


 マルコは、かろうじて見える洞窟の中を走りながら、小鬼ゴブリンを次々と斬り伏せていた。

 

 小鬼ゴブリンたちはみなが好戦的という訳でなく、中には恐怖にかられて棒をふる者もいる。

 だが、マルコは右に左によけると、小剣をふるう。相手に傷を負わせ、または命を奪った。

 彼は無心になり、奥へと進む剣そのものになっていった。


 身体からだを交互に半回転して先へ進む。

「いったいいつまで?」と、マルコはつかれていた。


 小鬼ゴブリンたちは、いっこうに数が減らないように見えた。

 しかし、何かに近づくことをはばむように、ますます必死の形相で襲いかかる。

 ふと棒がしたたかにマルコのほおたたく。

 びた剣が衣服を裂く。


 また、あの言葉が浮かぶ。


「彼自身が誘われて––––」


 その言葉を、怒りに任せて打ち消したくて、彼はあの時の森の獣のように、咆哮ほうこうした。


 マルコの吠え声におののき、そして何かを感じたように、小鬼ゴブリンがいっせいにふり返る。

 洞窟の奥に向かって、みな四つん這いになって駆け出した。


 マルコは咆哮ほうこうをやめ、泣き出したかった。

 しかし、ふと我に返る。


 四つん這いで走る小鬼ゴブリンの影が、左奥の壁に次々消える。

 耳をすませば、ザザッという足音に加え、重たいものを引きずる音がする。


 マルコは謎の答えを探し求め、走り出す。

 壁を過ぎて、目にしたのは、暗いほら穴に浮かぶ四角い入り口だった。

 中には、ぼうとした明かりと広がり、柱が見えた。


 小鬼ゴブリンたちは次々とその口に吸い込まれる。

 マルコも必死に駆け寄って、手を伸ばす。


 だが入り口はだんだんと細くなり、ガタリと音をたて、完全に閉まった。

 辺りは、星のない夜のように真っ暗闇になった。



 マルコは、つんのめって地面にころぶ。

 そして、そのままゆっくりまぶたを閉じた。

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