18 マルコ、王都に入る

 空高く、雲がかさなる、秋晴あきばれの日。

 大河マグナ・フルメナ。

 大橋のたもとは混雑し、だが整然と王立軍の検問を待つ。

 川賊討伐が済んでも、往来は制限されていた。


 竹がさがついた、妙な馬車の番になった。


 袋をかぶせた大杖を持つ魔法使いが、紙を渡す。


「はい! お城の人と、魔法学院アカデミーの研究長の署名つきです。友達なんです!」


 声をはずませ、余計なことも言った。


 受け取る軍人のかぶとの下で、疑いのまなざしが光る。

 日にかし何度も確かめると、しぶしぶと文書を返す。


「たしかに。入城許可証だ。とおられよ」


 アルは笑顔で御者台に乗った。

 若ドワーフが、太い腕で手綱たづなをさばく。

 ガタゴト音をたて、おんぼろ馬車が進む。


 屋根の上から水色の髪の娘が手をふった。

 赤髪のエルフは顔をゆがめ、わざとまぬけずらをする。


 最後は、荷台のうしろに腰かけ、東の遠くを見つめる戦士。

 マルコと仲間は、とうとう王都大橋を渡る時を迎えたのだ。


     ◇


 ヌーラムで、仲間がやかたでのいきさつを報告すると、商業ギルドは絶賛した。

 呪われたやかたは、彼らの長年の悩みだったのだ。

 アルは口がゆるむほどの報酬を得た。


 良い事は続くもので、宿に異邦人と探究者あての手紙が届く。

 それは王女名義で、城への招待状だった。

 ついに旅の終わりが間近となり、アルは顔中がゆるんだ。



 長いながい橋のうえ。

 御者台のマルコが、左の川面かわもをながめる。

 視界いっぱいに広がる水のゆらめき。西の海とは違うおだやかな流れに、心がいやされる。


 風が吹いて、金属輪鎧リング・メイル隙間すきまを通り、マルコは立て続けにくしゃみをした。

 となりのバールが声をかける。


「王都で、よろいを新しくしよう。

 と、取引にもつき合ってもらうぞ」


「わかった」とマルコは鼻をすする。

 だが顔を上げると、橋の先の光景に目を奪われた。


 一面に広がる平野の緑。その彼方かなた、丘の稜線りょうせんにかすかに石壁が見える。

 光の矢が天池を分けるように、陽射しでかがやいていた。


     ◇


 王都の前の石壁で、仲間はお昼にした。

 それは昔の防壁で、内側に樹木が茂る。

 キンモクセイの香りに、エレノアが華やいだ歓声をあげる。


 むすびの米粒を飛ばしながら、アルが説明する。


「ここは南風みなみかぜ砦跡とりであと。向かって右が––––」


 聞き流しながらマルコは、黄金色きんいろに波うつ壮大な麦畑をながめた。

 東は、はるか彼方かなたに台形の緑の丘がつらなる。きれいな形だから、自然のものではなく人の手によるものだろう。

 正面は、麦畑のなかを曲がりくねった道が小川まで伸びる。

 その先、白くかがやく城壁の上に、尖塔せんとうがいくつも頭を出していた。

 だが、都市の左に高い建物はない。城壁もなんだか低く見えた。


「––––西門から先も、豊かな耕作地なんだ」


 目をつむり、得意げにアルがしめた。

 すると、し魚をかじるアカネが口を出す。


「あっちは畑ないぞ。荒れ地だけだ」


 あせったアルが糸のように目を細め、左の遠くを見た。

 しかし、黒っぽい線がほんのかすかに見えるだけで、彼にはわからない。


「私も久しぶりだから……着いたら見よう。

 ほかに質問は? マルコ?」


 アルは違う話題を期待し、マルコを見る。

 だがマルコは、キンモクセイの清浄な香りを吸い込むと、場違いな質問をした。


「結局……古代人こだいじんって、どういう人なの?」


 衝撃をうけ、アルは背筋をぴんと伸ばしたあと、頭を抱え座り込んだ。


     ◇


 王都の南街道。

 馬車の屋根で、アルはひそひそとマルコに古代人こだいじんの話をした。

 近くに人はいないのに、彼はキョロキョロ見回す。


「要するにね。

 昔、第三の神が悪意を放った時に、それをじかに浴びて、魔となった第三の民なんだ」


 驚いて、マルコはあんぐりと口を開いた。

 それに手をあて、アルは続ける。


「奴らは祝福と言うが、全て呪われてる。

 寿命はない。……人をい続ければね」


「は。あ」ともらすマルコの口をふさぎ、アルの目が血走る。


「世のはじまりからいて、たちが悪い。

 なぜか人を憎んでもいる。災厄があると、きまって暗躍する」


 マルコの鼻水がたれ、あわててアルは手を離す。マルコのくしゃみをじかに浴びた。

 顔をしかめるアルへ、鼻をたらしマルコが問う。


「そんな、人じゃない人を、僕ら敵にしちゃったの?」


 顔のものをぬぐいながら、つらそうにアルはうなづく。

 屋根の前から、赤い頭が飛び出した。


「マルコも『人じゃない人』だろ?」


「ハクションっ!」とマルコが向く。

 んでアカネはよけ、マルコのとなりに着地した。

 なぜか瞳が、きらきらかがやいている。


「大丈夫だ、マルコ。

 お前は剣を返してくれた。だから俺は……俺が、お前の剣になってやる!」


 言うとアカネは、照れ臭くて仕方ないように鼻の下を指でこする。

 だがしかし、マルコには通じてなかった。


「……。はあ? あ。ハクションっ」


 それもよけ、アカネは怒り出した。

「ちょっ! 大事な話だろー!」と、馬車の屋根で飛びねる。


 御者台のバールとエレノアは、ドタバタする上に目をあげて、顔を見合わせ笑った。


     ◇


 王都南のね橋。

 バールをのぞいて、仲間は馬車を降りた。

 中央を向いて整列する王立軍の間を通り、南門をくぐる。

 暗い穴を抜けると、マルコはまぶしい街並みに目がくらみ、手をかざした。



 まっすぐに、大通おおどおりが伸びる。

 幅は馬車6台は通れそうだ。

 遠くに、高い、マルコが首を曲げてもまだ高い、塔がそびえる。


 王都を象徴する、天守の塔オベリスクだ。


「ご覧、マルコ。この世で最大のグリーだ」


 アルが、塔を指さした。

 先端の右寄りに、確かに、昼間の星のような白いかがやきがある。


 ここから見えるなんてなんて大きいんだ、と思いマルコはそわそわして落ち着かない。

 通りの右側に目を落とした。


 白い大理石の建物が並び、奥の城壁も美しい。

 行き交う人は皆華やかで、鮮やかな衣装の娘がマルコに手をふった。


「ふぅ」


 異邦人は感嘆のため息をつく。

 だが通りの左を見ると、人は少なく、皮の茶色しか目につかない。家屋は古い木造だ。


「ん?」


 錯覚かとマルコは思った。


 再び右は、すてきな都会が目にも楽しい。

 次に左は、さみしい町角まちかどが胸に切ない。


「これ……って? なんだここ!」


 その都市は、アルバテッラ唯一の神の善意のめぐみをうける東側と、そうでない西側で、くっきり二つに分かれていた。

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