17 夏の終わり
王都の夕べ。
虫の音が涼しげな、とんがり塔。
「もう一度確認したい。川賊の動向を」
王女レジーナが言った。
彼女はいま、くたびれた上衣に、はげた皮の帽子をかぶる。
瞳は、世界を知ろうとする探究心で
研究長コーディリアは、横目で王女を見ながら思う。
おしのびのあと、とは聞いていた。
「でもなんで男の子みたいな格好?」と不思議で、なぜか
卓上の地図に、
銀髪の補佐官、ユージーンが指し示した。
「中流域のここ、王都の南東で、賊は
地図をながめ、レジーナは首を
「うん……。リア、あなたはどう思う?」
急に問われて「ひゃっ?」と驚き、コーディリアはあわてて答える。
「あっ『これまでなかったマリス––––」
「そして『また見失ったマリス』」
すかさずユージーンがちゃかした。
赤面してコーディリアは補佐官をにらむ。が、レジーナはあきれ顔。手をあげて続きを促した。
「先ほどのマリスの動き。
西の橋まで、すーっと移動し消えました。
つまり運んだのは、人ではない、のかと」
帽子を握り、研究長は恐るおそる答えた。
しかしほかの二人は、真剣に考えている。
沈黙を、レジーナが破った。
「問題は、行き先だ」
すかさずユージーンが応じる。
「大橋の真西、ヌーラムの密偵は異常なし」
そう言って彼は、したり顔で胸から
「さっそく活用してる」と、コーディリアは驚いた。
「……となると」
先導者でもあるユージーンは、予測した。
「研究長の言う、
「……王都の西」
レジーナのつぶやきに、先導者は、大きくうなづく。二人を見つめ訴えた。
「王都をゆるがす、西の魔軍に持ち込まれた可能性があります。
次にすべきは現場にいた探究者へ
まずは異邦人も含め、王と
だが王女は、指を
ふとコーディリアが顔を上げると、喜びを
◇
「はあっくしょん!」
アルが盛大にくしゃみをした。
エレノアが背中をさする。
もう日も暮れようというのに、旅の仲間はまだ
みな、彼のことを待っていたのだ。
外に面した
マルコの背中に近づきながら、エレノアは腰の暗い袋に目を奪われる。
何をしでかすかわからない神の悪意、マリスを封じる袋。
元は、神の善意を人目から
エレノアには、思い出の品だった––––。
◇
10年前。
朝日を背に歩く魔法使いに遅れまいと、少女エレノアは必死に草を
青年アルは立ち止まり、頭をかいてふり返った。
「ごめん、早かったね。おんぶしようか?」
少女は顔を真っ赤にして首をふる。
なので青年は、となりに並んで歩いた。
ふいに、エレノアがたずねる。
「あの……なんで助けてくれたんですか?」
少女の瞳を見たあと、青年は口に手をやり考え込んだ。
やがてぼそぼそ答える。
「当然のことを……したまでだよ」
だが少女は、その答えが気に入らず、唇を
「ちゃんと、教えてください。いつかまた、来てください」
紅潮した顔の少女を見て、アルは「元気になった」とほっとし、優しい笑顔になる。
「私はね、ずっと南でやらねばいけない事があって、そうは来れないけど。
必ずまた会いに行くよ」
少女の顔は落ち込んだり舞い上がったり、目まぐるしい。つい、心の声がもれた。
「なにか持ち物ちょうだい」
「え?」とアルは
少女はおした。
「あずかるだけだからっ」
「じゃあ、これ。いつか返してもらうけど。
そうでなくても
こうして、ふたりの季節ごとの交流がはじまる。
この時エレノアは、暗い袋を初めて見た。見つめていると、夜空のように視線が吸い込まれる気がした––––。
◇
「乗り切った……よね。ありがとう」
エレノアが、マルコのとなりに腰を下ろす。
二人は
ぼんやり空を見るマルコは、いろんな事があり過ぎて、まだ心が
しかし
異邦人は、首を右に回し、彼女を見た。
「……こっちこそ。
月の守りがなければ、終わってた」
そう聞くとエレノアは、
海へ向かう途中、「一度、死んでるの」と彼女は言った。それを助けたのがアルだと。
あの
頭の中で点と点がつながり、はっとマルコは顔を上げる。
「ここで助けてもらったの? あの相手?」
驚くマルコに、エレノアはかすかな笑みでうなづく。
だが、決然と瞳を上げて言った。
「
私たちは、共に乗り越えられる」
彼女の言葉がしみて、マルコの胸はほんのりと
やがて
細い首をマルコに向けて、瞳が
「どうかな?」
マルコは、エレノアの首筋に、うっすらと横に入る切り傷の跡を見た。
しかし、彼は答える。
「きれいだ」
とたんエレノアはニコッと微笑み、
裏庭のどこかに、それは消えた。
次いで、さあと音をたてる晩夏の夕立ち。
ふたりとも、生ぬるい雨に濡れるがまま。
マルコは体も
雨が止むと、森でいっせいに虫が鳴き出す。
遠くで、「カナカナカナ……」とヒグラシの鳴く声がする。
「もう……夏も終わりだね」
となりで、エレノアがつぶやいた。
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