14 塔屋の戦い 承

 外から見る、モーテムのやかた塔屋とうや

 露台ろだいと窓から、紫の光が何度もまたたく。


 中では稲光いなびかりが、部屋の天井からいく筋も落ちていた。

 マルコは四つんいになって、必死に逃げる。

 バール、アル、そしてエレノアも駆け回るが稲妻はかすり、魔法の黄色い霧が渦を巻いて打ち消した。


 片膝立ちで弓を構えたアカネに雷が直撃。身体を紫の光がつらぬく。


「アカネーー!」


 床に手をつくマルコの絶叫。

 だがしかし、その光の中から、赤く燃える火矢がはなたれた。


 術を終えた屍の魔術師リッチが、ほうと息を継ぐ仕草で指をおろす。

 瞬間、眼球のない目のくぼみに、深々と火矢が刺さる。ぼうと炎上した頭から、しかばねの紳士は落下した。


 アカネを包む稲光いなびかりを霧が消し去り、会心の笑みがあらわれる。


 即座に、中腰で立ち上がったマルコが横に払って青い鬼火の軌跡を描く。


 耳を破り裂くような悲鳴。

 青い炎の剣が、しかばねの腕を切りつけていた。


 屍の魔術師リッチは、床の上でなんとか浮遊し、青く燃える長剣から離れようと、露台ろだいの方へただよう。

 すすだらけの顔で、マルコはまた叫んだ。


「バーーール!」


「おう!」と若ドワーフはこたえ、床を漂う屍の魔術師リッチの背中めがけ、鬼火の戦棍メイスを下からふり上げた。


 ドガアッ! と鈍い音がして、まばたきしたアルの目は、上を向く。


 魔物は頭から激突し、天井にひびが入る。

 それでも炎と痙攣けいれんがおさまると、ぼろぼろになったマントが広がる。

 しかばねの魔物は再びマルコの頭上を浮遊した。怒りに満ちた顔を向け、指を持ち上げようと伸ばす。


 その時だった。すっと立つマルコは、腰のうしろから獣の小剣をすらりと抜く。

 二刀を持ち、宣言した。


「仕上げの作戦! この剣が終わらせる!」


 異邦の戦士は、獣の剣先を屍の魔術師リッチへと向ける。

 動きがにぶった魔物は、それをゆるりと見下ろした。

 とたん、「バール!」とマルコは無造作に小剣を右へ放り投げる。思わず屍の魔術師リッチは、そちらへと顔を向けた。


 獣の小剣は回転して飛ぶがしかし、若ドワーフは器用にもその柄をつかむ。


 魔物がマルコに向き直った時、黒髪の戦士の肩で、エルフがねた。

 巫女エレノアはまばたきするが、目でも追えない。


 赤髪のエルフは、魔物の頭でさらにね、宙で身体からだをひねる。


「アカネ!」


 バールの大声と、風を切る音が耳にせまる。

 宙を舞うアカネの手に、ぴったり柄がおさまった。

 驚きで少年の瞳が開く。

 そして、屍の魔術師リッチの背後に舞い降りる。赤髪のアカネはニヤリとした。


 いま、古代の剣コルディス・インテルミッサム、すなわち『心臓こわし』は、数十年ぶりに持ち主の手に戻った。

 魔をはらう第一の民のちからをともない、それは浮かぶしかばねの背中を、右に左に、何度も何度も切り裂く。


 壁が震えるほどの、断末魔の叫び。


 口を開けのけぞる屍の魔術師リッチが、ちからを失い床に降り立つ。

 そこに待つのは、鬼火の長剣スパタを上段に構える異邦の戦士だ。


「あああああぁぁぁ!」


 マルコは踏み込み、しかばねを真っすぐに切り下ろした。

 青い炎が、たてに一閃いっせん


 屍の魔術師リッチは、頭から真っ二つに分かれ、左右にちりとなって消えてゆく。


 消えゆく魔物の向こうに、驚いた顔の少年エルフがいる。

 目が合うと、歩み寄り、マルコとアカネは抱き合う。そしてふたりは、はじけるように、笑いだした。


 若ドワーフも笑顔で、どたどた駆け寄る。

 喜びのあまり、エレノアがとなりのアルに抱きついた。


 仲間は、数百年ものあいだやかたに巣食う不死のあるじを、完膚かんぷなきまでにほうむり去ったのだ。


     ◇


 床に、二つに分かれた上等な衣服が捨てられていた。

 黒髪の戦士は、服とマントを何度もひっくり返し、首をひねる。


 魔法使いが、離れたすみから声をかける。


「どう? 見つからないの?」


 彼の背後から、巫女エレノアが顔をのぞかせる。となりには腕を組むアカネとバールもいた。


 マルコが戸惑う顔を上げる。


「ないんだ。これ、マリスの魔物じゃない。

 でも……どこか近くにあるはず」


 そう言ってマルコは、腰にあった暗い袋を手にぶら下げる。まるで小動物が入ってるように袋は動き、何かが中で跳ね回っていた。


 探究者アルは、ぼんやりそれを見つめる。

 袋の中身は、神の悪意、南のマリスと呼ばれる石だ。

 ハーフエルフのエルベルトは、それを『たまご』と呼ぶ。

 だがアルにとっては、どうしてもそれは、『狂戦士バーサーカーのマリス』だった––––。


     ◇


 10年前。

 嵐が吹く塔屋とうやの扉。

 ぐっしょりと濡れた青年アルは、扉を背に腰をおろす男を、見下ろしていた。

 血だらけの男が、白い息を吐く。


「ハアッ! ハァ、なんで、逃げなかった?」


「ほかの人は。……巫女みこは、いましたか?」


 アルの問いに、ロックは息を切らすだけ。

 かんぬきに斧をくぐらせた扉が、けたたましい音を響かせ、ゆれる。

 一枚へだてた反対側には、け物がいる。

 アルは戦慄せんりつした。


 ロックが顔を上げる。


「あいつら喰われてる。無事、たたかいで最期さいごを迎えた。巫女もいた。もう、喰われる」


 立ち尽くすアルに、男は続けた。


「街へ伝えろ。ここの掃除には軍がいる。

 俺は最後の突撃をする。その間に逃げろ」


「なんでいつも、自ら死を選ぶんですか?」


 ぽつりとつぶやく青年の問いに、男は、ゆっくりと顔を上げる。


「知りたいか? 俺の名はフィーロックス。南へ渡らなかった狂戦士バーサーカーの出だ。

 ずっと死に場所を探してきた」


 その言葉に、やはりと思いアルの頭はくらくらした。

 顔に血と雨が流れるフィーロックスは、ふと青年の顔をまじまじと見つめる。


「おい」


「え?」


「お前、名は?」


 青年はうつむくが、去りゆく者へ嘘はつかなかった。


「アルフォンス……キリング」


「キリング?」


 フィーロックスはオウム返しをして、血走った目を、異様なまでに大きく開いた。

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