13 塔屋の戦い 起

 日はかたむいて、やかた塔屋とうやを黄色にてらす。

 入り口の扉には、黒くなったシミがこびりついていた。その古い血を見たアルは、目を閉じて首をふり、思い出をふり切る。

 いまに集中した。


 扉の前でマルコは、こんな時なのに、あしの屈伸をはじめる。

 バールがあわてて真似をした。

 異邦の戦士は何気なくアカネにたずねる。


川賊かわぞくってさ、魔物の集団だったの?」


 それまでれなかった話題に、緊張のせいかアカネの口がすべる。


「とーぜん。あ。そうでない人間もいた。

 どっちかわからないやつ––––」


 あわてて、アカネは口を手でふさいだ。

 アルとエレノアは、はっと顔を見合わす。

 だが、跳躍も済ませたマルコは、ニタアと優し過ぎる笑みを浮かべた。


「エルベルトに口止めされたの?

 大丈夫だよぉ。今いないんだから」


 アカネは警戒して見回す。会話に興味なさげに跳躍するバールをながめ、ぽつりとこぼした。


「……内緒だからな」


「とーぜん。でもどうやって撃退したの? すごいなぁ。気になるなぁ」


 目を細めて、マルコは追求した。

 得意になって、アカネは話し出す。


「俺は木の上からビュンビュンってやって、燃やしたんだ。

 エルベルトは街中まで敵を追ってたから、苦労してたな」


「なるほど。この中の人、賊の首領かな?」


 マルコが目の前の塔屋とうやを指さして聞いた。

「さあ?」と曖昧あいまいに答え、アカネは手で弓をヒュンッ! と回す。


「なんであろうと、この弓の餌食さ」


 平然とアカネは答えた。

 マルコは準備運動を終え、アルへと笑顔を向ける。

 バールと、エレノアともうなづき合って、異邦人は扉へと歩み出した。


     ◇


 塔屋とうやの中。

 古びた絨毯じゅうたんと調度品が、かつての豪華な部屋を思わせる。

 ぎいときしむ音をたて扉は開き、旅の仲間が姿を見せる。


 マルコは、右手の露台ろだいを確かめる。

 壁がぽっかりあいて、空と絶景が見える。床は、青空に突き出るように伸びていた。

 正面の壁の左に、額付絵画がかけてある。その暗がりに目をやると、手前には机。

 そして、手を後ろに組む紳士が一人、絵を見上げていた。


 マルコの腰袋が、ブブブブ……と震える。

 彼は、静かに歩み寄った。


 とその時、それはふり返った。

 茶色の屍人しびと顔面がんめんに、眼球がない。

 もごもご口を動かし、指を上げると、人差し指が紫色にぼんやり光る。


 鋭いまなざしで、アルが叫ぶ。


「いけない! 魔法だ!」


「え?」とマルコはび下がった。

 アカネは迷いなく左手へと駆け、バールは露台ろだいの手前で戦棍メイスを構える。

 三人は距離を置いて、しかばねの紳士を囲んだ。


 バチッバチバチッ! 


 紫に光る稲妻が、異邦の戦士に、いく筋も落ちる。

 絨毯じゅうたんを焦がし、衝撃でマルコの身体は吹き飛ばされた。


 マルコが左の手を見ると、黒ずんでいる。腕はしびれ、ひたいから一気に冷や汗が流れる。

 だが、果敢にも彼は叫んだ。


「このまま作戦通り!」


 奥からアカネが、立て続けに火矢を放つ。

 屍人しびとの紳士は、すかさず黒いマントをひるがえし矢をはじく。

 ゆらあと宙に浮かぶと、マントと穿きもののすそがゆれて、足はなかった。


 素早く駆け寄ったエレノアが、マルコの手をとりいやしの呪文を唱える。

 確信を持ったアルが、みなに告げた。


古代人こだいじんじゃない。屍の魔術師リッチだ!

 力を合わせれば倒せる!」


 そう言うと探究者は、グリーが輝く大杖を片手に、もう片方の手をふり巻物スクロールを広げた。


     ◇


「矢がきかないぞ!」


 アカネが叫んだ。

 先ほどから屍の魔術師リッチは、片手を上げて魔法を唱え、もう片方の手でマントをひるがえすと、アカネの火矢をことごとくはね返す。


 浮かぶ相手にマルコが炎の長剣スパタをふるう。

 しかし、ゆらりとかわされ、服を切り裂くばかり。

 それでも彼は、弓手を励ました。


「あきらめないで! ねらってビュンだ!」


 しかばねの紳士が指を向け、少年エルフに青白い魔光の矢を何本も放つ。

 だがアカネはび、壁も天井もって全てよけた。

 床に着地すると、「ねらってびゅん?」と口に出し、首をかしげる。


 魔物を見つめながらエレノアは、「詠唱が早い?」と思い唖然あぜんとしていた。

 メダルの前で手を合わせるが、大技を唱えるべきかすきをうかがうか、彼女は迷った。

 となりのアルが、巻物スクロールの呪文を終える。


「我らこうする! 魔の打ち消し!」


 すると、五人の仲間それぞれを、黄色に光る霧が取り巻いた。


「みんな! これで敵の魔法をふせげる!」


 アルが叫ぶと、マルコもアカネもバールも顔に生気が戻る。


 刹那せつな屍の魔術師リッチの片手が火球を放つ。

 炎のかたまりはアルとエレノアを襲い爆発した。

 と思われた時、腕を交差し、その前に立ちはだかったのは、マルコだった。


 戦士の全身を炎がくるむ。

 だがしかし、黄色の霧がうずを巻いて消し、腕を下ろしたマルコはなんともなかった。

 驚いた表情から、喜びの笑顔に変わる。彼はふり向き、魔法使いをたたえた。


「すごいよ、アル! 最高の魔法だ」


 言うとすぐ向き直るが、背中にアルの声がかかる。


「マルコ!」


「なに?」


「一回だけだ。次はよけて!」


 そう聞いて、マルコの顔から汗が吹き出す。

 屍の魔術師リッチは指先を上げ、戦士の頭の上で猛々たけだけしい雷がバチバチ鳴りはじめた。


「なんでええぇぇぇぇ!」と叫び、マルコは横に跳ね飛んだ。


 エレノアが、左へ顔を向ける。


「アカネ、いま! 詠唱終わりをねらって!」


 壁に穴がいた部屋の奥。

 片膝立ちのアカネは、弓を引きしぼったまま片目で矢先を見つめる。

 口もとで、つぶやいた。


ねらって……ビュン」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る