12 塔屋の前

 モーテムのやかた

 屋根上にある、塔屋とうやへの通路。


 座りこんだ巫女みこエレノアを、アルが介抱している。荷物から、水が入った竹筒を取り出した。


 一方、日の下で髪を赤く輝かせるアカネがひそひそとマルコとバールに語る。


「もう、その時だ。

 猟剣りょうけん、コルディス・インテルミッサムを、俺の手に。必ず……マルコたちを守るから」


 マルコはあごに手をあて、考えた。


「もしもマリスの魔物がいるなら、まず僕が前に立つ。はじめは、やっぱりアカネは火矢を使って欲しい」


「え! 約束がっ––––」


「アカネ、聞いて。

 僕らが一緒にマリスと戦えるなら、バールとも連携したい。

 相手はあの小屋にいるんだろ?

 なら逃げ場は––––」


 マルコは、アカネとバールと三人で肩を寄せ合い、こそこそと作戦会議をはじめた。


 一方アルは、エレノアの背中をさすりながら、彼女をここへ連れてきた事を後悔した。

「なんでもないわけがないんだ。あれだけの事があったんだから」と考えながら、通路の先、塔屋とうやへと目を向ける。


 そして彼自身も、はじめてあの小屋を目にした夜を、どうしても思い出さずにはいられなかった––––。


     ◇


 10年前。

 狂戦士バーサーカーと青年アルの捜索隊は、4人になって深夜の屋根にのぼった。


 吹きすさぶ嵐の中、塔屋とうやの窓に、暖かい明かりがともる。

 濡れて、黒い髪が張りついたロックが、ふいに腕を広げアルたちを制す。

 アルも、その視線の先を見つめた。


 塔屋の前で、人のような影がふわりと降り立つ。

 それは、静かに扉を開くと、小屋の中へと入っていく。

 雨音の中、にぎやかな拍手と歓声が、アルには聞こえた気がした。

 ロックが、味方へふり返る。


「さてと、ここらが正念場だろう。……お前ちょっとだけ外してくんねえか?」


 びしょ濡れの獣のころもをまとうロックは、アルにそう頼んだ。

 しかしアルは、思わず口ごたえする。


「もう無理ですよ! 古代人こだいじんですよ?

 人がかなう相手じゃ––––」


 それでもロックは、光る目でじっと青年を見つめるまま。

 その迫力にされ、アルはしぶしぶ離れて屋根の上で狂戦士バーサーカーに背を向けた。


 しばらくの間、屋根にしとしとふる雨音をアルは聞いた。

 目の前の森の木が風にゆらいで、ざあとすさぶ音をたてたあとも、彼は我慢しておとなしく待っていた。

 だがしかし、水をはじかせ駆ける足音がした瞬間、アルはふり向き、泣き叫んだ。


「ダメだーっ! 自ら死んではいけない!」


「お前さんは帰れ! すぐ、走り去れ!」


 雨ふる暗がりの中、ロックの叫びが聞こえた。

 涙がほおをつたい、立ち尽くす青年アルに、最後に聞こえたのは、扉が開く音––––。


     ◇


「みて」


 ささやくマルコの言葉に、アルははっと我に返る。

 ひたいに汗を浮かべるエレノア、戦棍メイスを強く握るバール、そして、弓を手にするアカネも見た。


 塔屋とうやの右手の露台ろだいからあらわれた、人のような影。それはすべるように屋根の上を歩く。

 遠くからでもわかる高貴な服とマント姿。


 旅の仲間が無言で見つめる午後の時。

 その影は、静かに扉を開いて、小屋の中へと消えた。

 おさえられない恐怖と震えが、巫女みこエレノアを襲う。


「まさか、ま、まさかあいつ、あいつが」


 アルが必死に彼女の手を握ろうとする。


「そんなわけない。そんなはず、ない」


 そう言いながらも、アルも指の震えが止まらなかった。

 だが二人の前に、マルコがしゃがみ込んで力強くエレノアとアルの手を握りしめた。


「大丈夫だよ。落ち着いて」


 異邦の人は微笑んで、優しく語る。


「僕は、……僕たちはあの正体を、たしかめに行こうと思う」


 マルコの背後に立つ、若ドワーフと少年エルフが、落ち着いてうなづく。

 エレノアとアルは、ほうけたようにマルコを見つめるまま。

 黒髪の戦士は続けた。


「決して、誰の命も粗末にしないよ。でも、この……僕のマリスが行きたがってる。

 たしかめたいんだ。

 そう! 作戦も考えてる。かなわなければ、必ず一緒に逃げよう。

 この日が沈む前なら、なんとかなるはず。

 あ、これ、エルベルトが言ってたね」


 異邦の戦士、マルコ・ストレンジャーが語り終えると、何かつきものが落ちたように、月の巫女みこエレノアは大きな息を吐く。

 彼女は、マルコの頭上に月の光を感じた。


「すっかり、忘れてしまうところでした。

 あなたは、我がちょうから、月の男神おがみルーナムデウスの祝福を受けた身。

 異邦の方よ、あなたが行くというのなら、私もおともしましょう。

 なぜなら、すでにあなたは月を味方にし、そして私は、月につかえる巫女みこだから」


 そうして、巫女エレノアは頭を下げ、マルコに拝礼した。


 アルは驚愕きょうがくして、エレノアとマルコをながめる。

 マルコが受けた祝福は、実は、エレノアの心にきざまれた傷も、いやそうとしているのか。

 そう感じた時、アルの目に、月の巫女長サチェルの幻があらわれる。いたわるように、エレノアの細い肩に優しく手をあて、風が吹くと幻は消えた。


 アカネが、バールと顔を見合わせ微笑む。そして、いたずらっぽく横目でアルを見た。


「魔法使いも、来てもらえると助かるなー」


 アルはあわてて頭をふると語りはじめた。

 しかも、いつもの調子を取り戻して、長話を。


「もちろん! この調査は私抜きでは考えられない、それには理由があるっ! ひとーつアカネ、君のことだ。君はエルベルトの被保護の身でありながら––––」


 しかし途中から、マルコが吹き出した。

 アカネもゆるんだ笑顔を見せ、バールは大きな口を開けて笑う。

 エレノアにも、笑顔が戻った。



 仲間は、魔法使いの長話を、誰も真剣には聞いてなかった。

 ただ笑い合って、元気を取り戻す。

 まだ見ぬ危機に立ち向かう勇気と、そしておそれを、互いに分かち合おうとしていた。

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