11 屋根の上

 モーテムのやかたの二階。

 青く燃える炎のさき が、長い髪の幽鬼レイス袈裟けさりにして分かつ。


 ふうと息を吐いたマルコは、剣をさやおさめ留め金はかけなかった。


「これで最後だと思う」


 仲間は、二階の調査も順調に進め、やかたの窓を全て開けて回った。

 晩夏の涼風が吹き抜け、暗い屋敷の部屋を、隅ずみまで浄化する。

 外のまぶしい世界を窓からながめて、みな一息ついた。

 やがてアルが、アカネを静かに見つめる。


「一通り見たけど……どうする? アカネ」


 赤髪のエルフは、真っすぐに見返した。


「最後は、屋根の上。俺ひとりでもいい」


「ダメだ! 絶対に僕も行く!」


 急に強くマルコが言うので、みな驚いた。

 だが視線が集まると、彼はしどろもどろ。


「あの、アカネに危ないことさせられないしその、さっきのハシゴ部屋で……。

 ああ! 見てもらった方が早い!」


 そう吐くとマルコは、一同を手招きして歩き出す。

 二階の西側、屋根の上へと続く部屋へ先導した。


     ◇


 その部屋は天井から一筋ひとすじの明かりがそそぎ、ほこりが光を反射する。

 輝くつぶが、ひっそりたたずむ古びた梯子ハシゴをきらきらさせた。


 マルコは、暗い袋を腰から手にぶら下げて目の前にかかげる。


「ここが一番強い。震えてるの、わかる?」


 アルもエレノアも凝視し、暗い袋が振動するのに見入った。かすかに、中のマリスが音を立てるのが聞こえる。

 ブブブブ……、と。


「つまり?」


 アカネが、頭のうしろで手を組み聞いた。

 梯子ハシゴの上は、天井に四角い穴があり、青い空がのぞく。それを見上げたまま、マルコは答える。


「上のどこかに、神の悪意、マリスがある。

 これまでのたたかいとは、まるで違う」


 とたん、アカネは組んだ手を離し、「手に負えない魔か?」と言って目を光らせる。

 となりの若ドワーフ、バールは自らの胸をこぶしで叩いた。


「マルコが行くなら僕も行こう。

 マリスと対峙たいじしてみよう」


 アルとエレノアは、年下にしか見えない、三人のやりとりを見守っている。

 彼らを頼もしく感じ、二人とも、おだやかに微笑んだ。


     ◇


 青空のした、モーテムのやかたの茶色の屋根。

 むき出しの木板のほかは、天然石が敷き詰められ、午後の光を照り返す。


 一つだけの黒い穴から、黒髪の戦士が頭を出し、キョロキョロと見回した。

 穴から横に、板張りの通路と木製の手すりが伸びる。

 端には、こわれた露台ろだいが空に突き出る小屋。屋根の上に立つ、塔屋とうやがあった。


 マルコが手を引き、五人の仲間が屋根の上に姿を見せる。

 風が吹く高い場所を、若ドワーフは怖がり折れそうな木の手すりにしがみついた。


「こんなとこ、誰が使うんだ? 危ないし、不便だ」


 バールが疑問を口に出すと、アルがつぶやく。


「特別な……儀式の時に使った」


「え?」と言って、マルコはアルの方を見た。

 するとアルは、巫女みこの肩に手を回し支えている。


 そよ風が運ぶ、古い家の匂いを、月の巫女エレノアはいだ。

 すると身体の力は抜けて、頭の中が真っ白になり、塔屋とうやから目が離せなくなった。

 ひたいのアクアマリンは水色に光るままだが、瞳は異様に開き、呼吸が早まる。

「大丈夫?」という声が遠くから聞こえる。

 首飾りチョーカーを両手で包み、彼女は、自らのまがまがしい記憶と向かい合う––––。


     ◇


 10年前。

 少女のエレノアは窮屈な姿勢で目を開く。

 そこは豪華な部屋の中で、目の前で貴族のうたげが開かれているようだった。


 十数人の紳士と淑女が、おだやかに語らう。

 みな上等な衣服を召して、手には赤い液体が少しの、グラスを傾ける。

 年若の巫女みこは視線に気づき、なんとか目を向けると、部屋のすみから異様な男がこちらを凝視していた。

 ふっくらした顔は白く、真っ赤な口からよだれをたらし、「ハッハッ」と興奮する音まで聞こえそうだ。


 あわてて目をそらし下を向くと、顔の真下に、グラスがあった。

 彼女の首からを熱いものがしたたり、赤いしずくがグラスに落ちる。


 いまエレノアは、法衣ローブの腰と両腕を縄でしばられ、脚は壁に固定され、頭を突き出すように吊り下げられていた。

 談笑する高貴な人々の前で、じわりと首から血を流し、それがあごをつたって、グラスへと注がれた。


「いやっ!」と動かせる首だけふって、彼女はこの現実を消し去ろうとする。

 だが、なかなか、この悪夢は覚めてはくれなかった。


 どこまでも、良く通る声が聞こえる。


「年をとると、忘れる事もあるものです。

 大変遅くなりまして––––」


 すると部屋中に拍手がく。

 朦朧もうろうとするエレノアは、なにか祝うような部屋の空気を感じた。

 その者らの言葉は耳に入らず、自分がどこにいるのか、何が起きているのかわからない。

 もう、叫ぶ気力もない。


 やがて、良く通る声と足音が近づく。

 濡れた指がエレノアのあごをつまみ上げる。


「食前酒を逃したのですから、最初の一口、つまみ食いくらいは、許されるでしょう?」


 品のある陽気な口調に、部屋中から笑いがき起こる。


 それからの、少女エレノアの記憶はおぼつかない。

 自らの首にせまる赤い赤い口と、歯並びが美しい白い牙。

 自分の全身から発する叫び。

 そして、扉が開く音––––。

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