10 むかしの入り口の間

 10年前。

 夜のモーテムのやかた

 ごおと音をたて、まばゆい炎のかたまりが一階の廊下を走る。窓ガラスが次つぎとわれ、あたりの森の鳥は、音もなく飛び去った。


 青年アルがくり出した火球は、漂う霊を消し去り、そのまま正面の扉を吹き飛ばす。

 獣のころものロックは目を丸くし、捜索隊をふるい立たせた。


「ふおぉ? ハデな魔術だ。突っ込むぞ!」


「待って! まだ幽鬼レイスがいるはず––––」


 アルは手を伸ばすが、狂戦士バーサーカーの男たちは、戸口の奥の危険な暗がりへ突進していった。



 青年アルが入り口の間に入ると、無惨な光景が広がっていた。

 武器をあきらめ、ひたすら松明たいまつをふる者。周りを、恐ろしい速さで舞う影。

 ロックは、自らの腕に幽鬼レイスを抱き込むと、自分の腕ごと松明たいまつの火で焼いた。


「うああああぁぁ!」


 雄叫おたけびをあげる味方は、自らの身体に油壺をふりかざす。黄色い油が男の頭にしたたる。

 階段の前で両腕を広げると、次つぎと、おぞましい長髪の影がまとわりついた。


「いまだやれええぇぇ!」


 こごえてみるみる白くなる顔をゆがめ、男は叫んだ。

 獣のころものロックが、アルへとふり返る。


「さっきの火の玉……やれ!」


 そう言われても、魔法使いの唇は震えるばかり。目を見開き、指先は動こうとしない。


「チッ」と舌打ちすると、ロックは無造作に松明たいまつを放り投げる。

 時の流れが遅くなったように、炎はゆらあと飛んで、男と影に着火した。

 とたん、耳をふさぎたくなるおぞましい絶叫が空気を切り裂く。

 それは燃え上がる男の声かそれとも自分の悲鳴なのか、アルにはもう、わからない。


     ◇


 大階段の脇で、しゃがみ込んだ青年アルを、獣のころもの男が見下ろす。


「……おい」


 瞬間、魔法使いの血走った目が大きく開き唇は震えて動く。

 すくと立ち上がる頭上に、火のかたまりが2つ、3つ。

 アルは言葉にならない叫びをあげる。

 すると火球は天井にほとばしり、ただ穴をあけ、こがした。


 あきれ顔のロックは、天井を見上げたあと、アルに向き直る。


「もう終わった……。おかげさんでな」


 それだけ言うときびすを返し、入り口の間の、大階段をのぼりはじめた。


 アルはあわててついて行く。

 だがふり返ると、つかれた二人の男がついて来るだけだ。

 床に転がる味方の死体を、アルは階段の上から呆然とながめた。



 大階段の突き当たりに、人の背丈ほどの大きな窓がある。

 一瞬の閃光せんこうがきらめいた。

 遅れて届く、雷鳴。

 そして、真夜中の雨がふりはじめた。


「くっ」ともらし、ロックの足が止まる。

 アルも顔を上げ、大窓を見上げた。

 稲光いなびかりの中に、人形ひとがたの影が浮かび上がる。


 ロックは目が離せないまま、ひとり言のようにささやく。


「おいおい聞いてねぇぞ。

 ……そうか、巫女みこにえにされるか」


 アルも、窓の影から目を離せず答える。


「……そんな。……古代人こだいじん?」


「あぁ、『人喰ひとくらい』だ」


 またたく雷光が、ロックの顔をてらす。


 稲妻が光るたび、影も切れぎれに浮かぶ。

 それは、マントに包まれた両腕、あるいは翼を広げているようだった––––。


     ◇


 日の光が照らす、モーテムのやかたの正面。

 赤髪のアカネの唇が、小刻こきざみに動き、青い炎がともる指が前に伸びる。


 ぽけえと口を開けるマルコとバールは、互いの武器から鬼火が舞うと、飛び上がった。


「うわっちゃあぁっ! あ? 熱くない?」


 マルコは驚き、青い炎に包まれた、長剣スパタの刀身に見入った。

 まばたきしながらバールも、戦棍メイスの炎に手をかざす。


「熱い者は燃やさない。冷たい霊に効く」


 そう言って少年エルフがふり返ると、アルは顔をほころばせて絶賛した。


「素晴らしい! これで幽鬼レイスも倒せるね」


 照れたようにアカネは、鼻の下を指でこすった。


 みなと離れて、エレノアは空を見上げている。水色の髪が風でゆれ、かがやいた。

 となりに寄り添ったアルが、目の上に手をかざし、同じ屋根を見上げてつぶやく。


「あの小屋、まだ残ってるね」


「ふふっ。アルがメチャクチャ壊したよね」


 巫女みこは口に手をあて笑うと、目をうるませ、魔法使いを見上げる。


「あの時、助けに来てくれて、本当にありがとう」


 照れたアルは、エレノアと目を合わせることができず、あごを指でかいた。



 マルコを先頭に、旅の仲間は再びやかたの中へと足を運ぶ。

 大階段の前の影に身体が入る時、マルコは「ひゃっ!」と変な声をあげた。

 周りの者はびっくりして、異邦人を見つめる。


「あっなにか……風があたって。……よし!

 みんな気合いを入れて、調査がんばろー」


 気持ちを切り替えるように、マルコがしらじらしいかけ声をあげると、ほかの4人は、白い目で彼をながめた。


 マルコは、とっさには言えなかったのだ。

 さっき、階段の手前で、ほんのわずかに感じた気がした。

 腰にあたった震えは、暗い袋のものか。


「気のせい……だよな」


 そう思いながらマルコは、腰から目を上げ、階段の先を見上げた。

 すると、忌まわしい影が、大きな窓の前で漂っている。


「さあああぁぁぁ!」


 異邦の戦士が、雄叫おたけびを上げる。

 そして、宙に浮かぶ幽鬼レイスに青い鬼火の剣でりかかった。

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