9 入り口の間

 大河マグナ・フルメナの中流域、ヌーラムの東にたたずむやかた

 長らく人が住まないその屋敷は、最後の主人の名から『モーテムのやかた』と呼ばれた。

 そこが川賊の根城として使われていたのか調べるため、マルコとアルの旅の仲間は訪れていた。

 長命のエルフ、赤髪のアカネとともに。



「間違いない。賊はここで寝泊まりした」


 裏口から最初の部屋に入ったとたん、アカネが声をあげる。

 薄暗い中、バールがかかげる松明たいまつあかりでマルコは大部屋に散乱する毛布をながめた。空気がゆらぎ、何か腐ったにおいがして、思わず鼻を手でふさぐ。

 アルも、法衣ローブそでで鼻をふさいだ。


「そうみたいだねぇ。大きな屋敷だから。

 ひどいにおいだ……違う場所も見てみよう」


 一同は賛成して、裏口に面した廊下へと戻った。


 屋敷の一階は薄暗く、ガラスが割れた窓から、清浄な光がさしこんでいる。

 日の光を反射し、ほこりがきらめく。

 長い廊下で、幾重いくえにも光る筋の向こうに、扉が壊れた戸口が見えた。

 その奥に、また別の暗がりがあるようだ。


「向こうが、玄関の広間だよ」


 アルが大杖でさすと、アカネがちゃかす。


「自分の家みたいに、くわしいな」


 エレノアが、じっと少年エルフをにらむ。

 だがマルコとバールは、アカネの軽口を聞き流して、アルへと目配せした。


「気をつけて。吹き抜けで天井が高い」


 アルが答え、マルコはうなづいて足を先へ進めた。


     ◇


 高い天井からり下がる、何本もの蝋燭ろうそくが立つ豪華な集合灯。

 久しく火はともらず、ほこりにまみれてる。

 やかたの正面扉はわずかに開いて、玄関の床にたての光が走る。その先で、大きな階段が二階へと続いていた。


 大階段の右手から、びくびくするマルコを先頭に、仲間が入り口の間へと入ってくる。


「これ、いい!」


 叫ぶとアカネは飛び上がり、マルコの肩、大階段の手すりでねて、あっという間に燭台しょくだいの集合灯にぶら下がった。


「あぶなっ!」とマルコは驚いたが、不思議に思って自らの肩を触る。踏み台にされても衝撃をまるで感じなかった。もちろん気持ちがいいものではなく、顔をしかめる。

 苦笑いするアルは、「危ないから––––」と言いかけ、さっと表情が変わった。


幽鬼レイスだ!」


 マルコも、はっと燭台しょくだいを見上げる。

 けた法衣ローブ姿の、髪の長い影がゆらゆらとアカネの間近にせまる。

 驚愕きょうがくして、少年エルフはそれを見つめるまま。


 とその時、回転する松明たいまつが、正確に幽鬼レイスの頭にぶち当たる。


 ァァァアアアア!


 ぞっと背筋が凍る悲鳴が上がり、忌まわしい影は姿を消した。


「だ、だいじょうぶ?」


 炎を投げたのは、バールだった。

 正気に戻ったアカネは、すんなり燭台しょくだいから飛び降り、ばつが悪そうな顔。


「なんともないけどな。……ありがと」


「まだいる!」


 マルコが叫び、仲間が見上げると、吹き抜けの暗がりに無数の幽鬼レイスが漂っていた。

 ガチャッと音をさせ、マルコは長剣スパタの刀身を抜く。

 エレノアは月のメダルの前で手を合わせ、詠唱をはじめる。

 そしてアルは、すそを持ち上げ、あわてて扉へと向かった。


     ◇


 入り口の間で、マルコとバールが剣と戦棍メイスを無為にふり回している。


「こいつら! 剣が効かない?」


 先ほどからマルコは、近づく影を切る。が、幽鬼レイスはふっとけると、何事もなかったようにこごえる指を伸ばす。


「どうすれば?」と、バールも泣き顔で逃げはじめる。

 だが、詠唱を完成させたエレノアは、片手を上げ唱えた。


常闇とこやみを切りけ。三日月のやいば


 巫女みこの腕が、片方ずつふり下ろされる。

 マルコの頭上で、白い三日月の光が走る。漂う幽鬼レイスは、まとめて二つに割れた。

 全身を震わす断末魔が響く。

 バールの半泣き顔の前で、もう一つの三日月が宙を裂き絶叫とともに漂う影は消えた。


 俊敏しゅんびんに、アカネも幽鬼レイスに火矢を打ち込んでいた。

 しかしそれでも、二階からわらわらと、影は玄関へ舞い降りる。


 一行がじりじりと後ずさりする背後。

ぎぎい! ときしむ音がして、床の光の筋がふくらんだ。

 日の光が仲間を照らすと、幽鬼レイスは手を出すことができなくなった。

 マルコがふり返ると、大きな扉に手をかけるアルが息を切らす。


「はぁ幽霊はね……日光が一番……うぇっ」


 無理して扉を開いた魔法使いをながめて、マルコはほかの仲間と顔を見合わせ、ほっと微笑んだ。


     ◇


 やかたの玄関から外に出ると、大河まで広い道が通る。

 両側の荒れた庭園を目にしながら、マルコたちは川岸までおりた。


「やっぱり! けっこうな船がめられる」


 そう言ってアカネは、長く続く桟橋さんばしを指さした。

 マルコがながめると、真新しい木材でざつに作られた桟橋さんばしが、遠く上流へと伸びていた。

 アルが、アカネに顔を向ける。


「確かに川賊の拠点のようだ。どうする?」


「もちろん、焼き尽くす」


 そう言って、アカネはバールから松明たいまつを取り上げ、詠唱をはじめる。

 しかしマルコは、どうにも合点がてんがいかず、腕を組んでアルを見上げた。


「でもさ! あのおけ屋敷で川賊は過ごしてたの? まともじゃないよね?」


 マルコの問いに、エレノアとバールも同意して、うんうんとうなずく。


 詠唱を終えたアカネが腕をふると、桟橋さんばしに一直線に炎が舞い上がる。

 一同は、あわてて身を引いた。


 アルが、口にそでを上げながらマルコに答える。


「まともじゃない賊かも!

 あとでアカネに聞いてみよう」


 瞳に炎の光を反射させながら、マルコはぼんやりうなづいた。

 魔法使いも、炎に見とれて、考える。


「日と火。あの時もっとうまく使えば……。

 誰か一人でも、助けられたかもしれない」



 大河マグナ・フルメナの中流域で、川岸に長い炎が立ち上がる。

 あたりの森から、騒がしく鳴きながら、何羽もの鳥が飛び去った。

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