8 むかしのモーテムの館

 10年前。

 ヌーラムの東の森。

 日が沈む小道を、十人足らずの捜索隊が、騒がしく陽気にしゃべりながら歩いていた。


 青年アルは、焦燥感しょうそうかんとらわれた。

 両側の暗い森から、フクロウの低い泣き声が聞こえる。

「まさか、このまま進むのか」と思い、彼は両手で大杖を握りしめる。

 するととなりに、化粧の濃い女戦士が並んだ。


「ねぇ。どうしたのさ? 黙っちゃって」


「え? あ、あなたは怖くないんですか?」


 引きつった顔で、アルは女戦士に答える。

 だが女戦士は、あやしい笑みを浮かべると、話をそらした。


「あら、あんた可愛い目してるじゃない?

 ねぇ。彼女とかいるの?

 これが終われば、遊んであげよっか?」


「か、からかわないでくださいっ!」


 顔を赤くして答える青年がおかしくて、女は高らかに大笑いした。

 捜索隊は、なおも暗がりが沈む小道を歩き続ける。

 その先に待つ危険など、この者たちの眼中にはないかのようだった。


     ◇


「ここ……だよな?」


 日は沈み、青暗い中、獣のころもの男は手に持つ斧を回した。

 暗がりに、ぼうと浮かぶやかたあかりを見上げ、アルは大杖の暗い袋へと震える指を伸ばす。

 ならず者の戦士たちは、松明たいまつをかかげ、さっそく屋敷の裏庭を調べはじめた。


 松明たいまつの炎が一つ、高く上がる。


「おい、ロック! こりゃあ墓場だぞ」


「その呼び方やめろ––––」

 

 獣のころもの男が答える間もなく、松明たいまつの炎がれ、わめき声が上がる。


「ぐあっ!」「くそ!」と口々に叫びながら戦士たちは、入り口の小道へと駆け戻ってくる。

 逆に、ロックと呼ばれた獣のころもの男は、静かに前へ足を進めた。

 何が起きているのかと思い、アルは向こうの暗闇へと目をこらす。


 ザッ! ビュンッ! と何かがふり回される音だけ聞こえて、アルは小道から逃げ帰りたい気持ちを必死におさえた。


「死体どもだ。早いぞ! 気をつけろ」


 ロックが叫ぶと、松明たいまつと、それぞれの得物えものを手にした戦士たちが歩き出す。

 アルの前を女戦士が駆けていく。松明たいまつは持たず、両手に細身の剣を構えていた。

 あわててアルは、大杖から暗い袋をとり、声を張った。


よみがる者よ、地へ戻れ! きよめの天日てんじつ


 探究者の杖の先から、昼と見まごうほどの白い光が輝き出す。


 神の善意、グリーと呼ばれるその石は、モーテムのやかたにとなり合う墓場を、白日はくじつもとにさらす。

 唇を動かし、詠唱を続けるアルは見た。

 数人の戦士と、俊敏に両手をふるう屍人しびとたち。

 光に驚いて、女戦士はふり返ったが、すぐ向き直って屍人しびとを流れるように切り刻んだ。


 四肢を切られ斧で吹き飛ばされても、屍人しびとたちはクモのように地面をい味方を襲う。

 しかしアルが詠唱を完成させると、屍人しびとは皆、ゆっくり緩慢かんまんとなり、やがて、足もとから溶けるように崩れた。

 戦士たちは、動かなくなった屍人しびとを蹴飛ばし、みな一息ついた。


 晴れやかな笑顔で、墓場の中から女戦士がアルを見つめる。


「やるじゃない! で、それ、なんなの?」

 

 アルは、神の善意をまるで知らない彼女の様子に、どう答えたものか戸惑った。


 刹那せつな、女戦士のとなりで、すっと骨が立ち上がる。素早く盾と剣を構えると、女にふり上げた。

 即座に片手剣で受け流し、彼女はもう片方の剣をふるう。しかしそこにきざむ肉はなく、骨をかする耳障みみざわりな音だけがした。


「逃げろ! アンジェラ!」


 獣のころものロックが叫ぶ。

 だがしかし、炎を持たない女戦士をかこ骸骨戦士スケルトンは次つぎと立ち上がった。すかさず剣をふり、盾を押し出す。

 アルの前で、骸骨戦士スケルトンの輪がみるみる小さくなっていく。


「マリスと共に! オォ!」


 高らかな、女戦士アンジェラの声がとどろく。

 すると、ならず者の捜索隊は地面を踏み、「オォ!」とこたえ、彼女がいるはずの人骨じんこつかたまりに、突撃した。


     ◇


 青年アルが、男たちにゆっくりあゆみ寄る。

 そこら中に散らばる骨の中で、ロックはまだしゃがんで祈りの言葉を唱えていた。

 捜索隊の戦士たちの隙間すきまから、哀れな姿となったアンジェラの亡骸なきがらがわずかに見える。

 杖の光に気がつくと、男たちは一人、また一人と沈んだまなざしを向けた。

 最後に、獣のころものロックがふり返る。

 彼の鼻に深々ときざまれた傷を見て、アルにはやっとわかった。 


 この者たちは、命をかえりみない狂戦士バーサーカーだ。


 そう気づいた青年アルは、神の善意の光のもとでも、ガタガタする両手の震えを、おさえられないでいた––––。


     ◇


「どうしたの? マルコが入るよ、アル」


 エレノアが、不審そうな顔でアルを見上げていた。

 我に返って「あぁ」ともらすと、アルはやかたの裏口へと目を向ける。


 日はのぼり、日ざしがまぶしい。

 そんな中、少年エルフと異邦の戦士は、またもめていた。


「返すって言ったじゃんかよお!」


「もちろん返すよ。手に負えない魔物と出会った時にね。

 ここにあるハート・ブレーカー!

 ちゃんと返すから」


 そう言ってマルコは、ひねった腰を突き出して、暗い袋の間に差し込んだけものの小剣を何度も指差す。


「はあと……ぶれ? なにそれ?」


 アカネはつぶやき、おどけて尻を突き出すマルコに、もはや勢いがそがれてしまった。

 すかさずマルコがたたみかける。


「はい! じゃあ決定〜。

 最初は僕で、次に松明たいまつを持つバール。

 アカネはそのあと! 中はせまそうだけど、弓の援護に期待してるよ」


 なおもふくれつらのアカネに、マルコは優しい表情を見せた。

 それから、魔法使いへと笑顔を向ける。


「アル! それでいいよね?」


 そのさわやかな笑顔を見て、アルは、陰鬱いんうつな気分が吹き飛んだ。


「前とは違う。今はマルコがいる」と心から感じて、彼もまた、さわやかな若者の笑顔で返した。


まかせるよ! マルコ」

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