7 いまのモーテムの館

 ヌーラムの東の森。

 朝日がてらす小道で、異邦人の黒髪が橙色オレンジに反射した。


 若ドワーフが持つ剣を見ながら、マルコは熱心に説明を聞いている。

 バールは、波紋はもんが浮かぶさやと、を握る。


「これを、こうして……こう!」


 ガチャッと金属音がして、さやからすらりと剣を抜いた。

 マルコは口を開けて驚く。


「長い?」


「一見よくある長剣スパタだけど、ドワーフ製だ」


 力を込めて、若ドワーフは自慢する。

「やってみて」とマルコにさやと剣を渡した。


 ドキドキしながらマルコは、光り輝くやいばを波紋のさやおさめる。

 そして若ドワーフがしたようににぎりをねじると、ガチャッと仕掛けが動いてつばに留め金がかかる。マルコが引いても、剣は抜けなくなった。

 満足げにバールは小刻みにうなづく。


「そうして戦えば––––」


「切らずにさやで叩ける! 最高だよバール!

 これで人を切らずに済む。

 ……ガイコツにも効くかな?」


「も、もちろん。僕は、戦棍メイスで戦う」


 そう聞いてマルコは、嬉しくなって魔法使いへふり返った。


「アル〜。動くホネ対策、バッチリだ!」


 片手を挙げて、アルは応じる。

骸骨戦士スケルトンだけどね」とつぶやきながら、火うちがねをたたく。

 かたわらには枯れえだが置いてある。だが、なかなか火種をおこせないでいた。

 不思議そうにエレノアがたずねる。


「こんなに明るいのに、松明たいまつがいるの?」


「屋敷の中で必要なのと……魔物対策」


 答えるアルのかたわらで、ぼうと枯れえだの布に炎がともる。

「な! え?」と驚くアル。


 上から愉快に笑う声がして、弓を背にしたエルフの少年が木から飛び降りた。

 エレノアが松明たいまつを手に取り炎をながめる。目を開いてつぶやいた。


「火をべるエルフ……エルフの鬼っ子!」


「あ! その差別的な呼び名、傷つくなあ」


 と言いつつ笑顔のまま、アカネは彼女から松明たいまつを受け取る。なでるように手をかざし、かすかにささやくと、炎は大きくなった。


 立ち上がったアルがあきれたように微笑む。


「あなたには––––」


「アカネと呼んで」


「アカネさ……には! 私たちと一緒に後方にいてもらう」


 アルが頼むと、エレノアも続けた。


「火矢が得意なら……いいでしょ?」


「えー!」と不満げに松明たいまつをふるが、くるりと回ると、アカネは楽しげに笑っていた。


     ◇


「これが、モーテムのやかただよ」


 日ざしがそそぐ原っぱで、アルが杖をかかげる。その先は古びた木造のやかた

 大きな入り口は見あたらない。

 仲間がいるのは、やかたの裏手に面した墓場だった。


 マルコはあたりをぐるりとながめる。

 暗い森に囲まれた墓地は、崩れた石板が散らばり、草は伸び放題。

 やかたを見上げると、風雨にさらされた壁がはげ落ちそうな、ちた二階建ての屋敷がそびえていた。


「あれが、裏口なんだけど……」


 気が進まないように、アルが手前の扉を杖でさす。

 となりのアカネが大声をあげる。


「おいドワーフ! 暗いの平気だろ?

 先に入ってみろよ」


「ぼ、僕の名はバール」と若ドワーフが涙ぐみ、となりのマルコがアカネをにらむ。

 だがアカネは、笑顔を見せた。


「冗談だよ! 俺がエルフだから、ドワーフのこと苦手かなぁと思ったろ? そういうの全然ないから!」


 血相を変えて、アルが少年エルフをしかりつける。


「ふざけないように! ここは危険な––––」


 その途中で、アカネは素早く弓をしぼる。

 同時に唇が動き、矢に炎がともって、またたく間に放たれた。

 半開きの口のまま、アルは間の抜けた顔で火矢の先を追う。


 バールの顔の横に、眼球が飛び出た屍人しびとせまる。

 だが、アカネの火矢がその目に刺さると、頭が炎上して崩れ落ちた。


「動く死体だ!」


 マルコが叫び、さやがついた長剣スパタを別の屍人しびとにふりあげた。



 昼のさなかの墓場。

 土の小山が、ゆっくり立ち上がり、腐った屍人しびとが歩き出す。

 地面に散らばる骨が、カタカタ音をたてて浮かび上がると、これもゆっくり錆びた剣と盾を構える。ぐるっと首を回して、骸骨戦士スケルトンが空洞の目を向ける。


 しかし黒髪戦士が長い剣で、若ドワーフは戦棍メイスで叩き、吹き飛ばす。

 そのうしろを赤髪の弓手が跳ね飛び、息つく間もなく火矢を放つ。

 三人の戦士は、突如現れた魔物をものともせずに、次から次へと倒していった。


     ◇


 こんもり積み上げられた死体と骨の小山。まだ小骨がカタカタと震えている。

 それにアカネが指を伸ばすと、ボウッと勢いよく小山は燃え上がった。


「もう済んだ。やるじゃんか……二人とも」


 アカネが、ぼそぼそつぶやいた。

「認めてくれたみたいだ」とマルコは言い、若ドワーフにいたずらっぽく微笑む。

 ぱあと顔を明るくして、バールは叫んだ。


「さっきはありがとう! アカネ」


 少年エルフと若ドワーフは、仲直りするように笑顔で向き合った。

 しかし、納得のいかないアルが間に入る。


「だ、だけど、さっきは本当に危なかった。

 軽口は控えてほしい、アカネしゃん––––」


 舌をかんだアルにアカネが口ごたえする。


「わかったよ、うるさいなぁ。これじゃエルベルトが一緒なのと変わらない」


 すねたアカネは背を向け、歩き出す。

 アルはぐっと口を結ぶが、苛立いらだって唇がもぞもぞと動いた。


 それを見て、マルコは吹き出しそうになるのを我慢した。

「いつも人をイライラさせるアルが、イライラさせられてる?」と愉快になる。

 でも楽しんじゃいけないという気持ちもあって、ゆるむ口もとを手で隠した。


 エレノアがアルに近づき、慰める。


「大変だけど……なんとかなりそうだね!」


 明るく言うエレノアを見て、ふとアルは思った。

 前にここに、エレノアを救いに来た時とは全てが違っている。それはきっと、一緒にいる仲間のおかげだ。

 アカネはとても扱いづらいが、とても戦力になる。

 マルコはなぜかニタニタしてこちらを見ているが、どんどん頼もしくなる。

 アルは、仲間を見回すと勇気づけられた。


「前とは、まったく違う……」


 心の中でそうつぶやくと、彼は、10年前の惨劇が脳裏に浮かんだ––––。

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