6 探求の前と、行き着く先

 王立魔法学院アカデミー探求者の瞳に、朝日がうつる。

 ゆれる馬車で手綱たづなを握り、まばゆい日の出に目を細めながら、アルはほっとした。


 エルベルトと別れてから、仲間とともに、ヌーラムで数日準備した。

 満月の夜が明けるとき見計みはからって、モーテムのやかたへと無事に到着できたのだ。

 うしろの荷台では、ほかの仲間と一緒に、エレノアが眠っているはず。それを確かめたい気持ちを、彼はぐっとこらえた。


 頭上の空は薄青く、小道の脇にサルスベリの濃い紅色べにいろが浮かび上がる。

 それを見るとどうしようもなく、アルは、前にこの地を訪れた時を思い出した。


「あれは、まだ夏のはじめだった––––」


     ◇


 10年前。

 派手な垂れ幕が舞う、商業の街ヌーラム。

 卒業したあと、探求者の旅の途上とじょう、十代のアルは月の院をたずねた。

 ナット先生、大賢者と呼ばれたナサニエル学院長に、言伝ことづてを頼まれたのだ。

 だが話が済んでも、月の巫女みこ長サチェルからはねぎらいの礼もない。

 呆然ぼうぜんと、うわごとのようにつぶやいた。


「その杖は……探求に用いる前の、神の善意ですか」


 ただ事でない雰囲気を察し、退出したアルは周りの巫女に事情をたずね回った。

 口数の少ない女たちの話をまとめると、最も若い巫女がさらわれたというのだ。

 すでに、捜索隊もやとわれたという。


 迷ったが、巫女長に相談せず、アルは手助けすることに決めた。

 あの我を失った老女から、明快な依頼がもらえるとは思えなかった。



 暗い袋をかぶせた大杖を持つ魔法使いは、街の門で、その者らに追いついた。

 だがしかし、捜索隊とは、ならず者の傭兵ようへいの集まりだった。


 けものの皮の上衣をまとい、鼻に傷ある男が、立ちはだかる。


「なんだオメー?」


 息を切らす青年アルは、濃い橙色オレンジの髪をかき上げる。


「あの! 私も連れてってください!

 何かのお役に立てる、かもしれないので」


 アルの申し出に、ならず者の集団は酒焼けしたしわがれた声で笑った。

 獣のころもの男があざける。


「お前みたいなガキに何ができる?

 どこ行くかわかってんのか?

 墓場にある、こわ〜い空き家なんだと! 魔物もいるだろうな」


 しかし、青年はひるまなかった。


「ここから、どのくらいかかりますか?」


「なぜそんな事を聞く?」


 するどく、男の目が光った。

 頭をかきながら、アルが答える。


「や! その〜……墓場で魔物だと、日が沈んで出くわすのは良くないので。

 もう昼前です。今から出発して、いつ頃着くかと思って」


「ははっ!」と男は、弱々しい魔法使いを笑い飛ばそうとした。

 ふり向くとしかし、ならず者たちは誰も笑わず、こちらをじっと見ていた––––。


     ◇


 ひんやりした早朝の木陰こかげに、おんぼろ馬車がとまる。

 寝起きのマルコと仲間たちが、よたよたとおりてきた。


 バールが大きなあくびをしながら、アルへと近寄る。


手綱たずなを握ってくれて、ありがとう」


「ここから、君たちの出番だよ」


 そう言ってアルは、若ドワーフに優しく微笑んだ。

 ふと、月の巫女に歩み寄る。


「エラ。本当にいいのかい? 今回は待機しても……」


 アルの言葉に、エレノアは朝日で輝く笑顔を返す。


「大丈夫!

 巫女長と話して覚悟はできてるから。

 また、来たね。……懐かしいよ」


 彼女は、首飾りチョーカーに手をあてた。

 その見上げる先へ、アルもふり返る。

 小道の先、墓碑の石板が散らばる墓場は、森の影に隠れている。

 左奥に、木造りのやかたがたたずむ。

 朝の光が、屋根の上で崩れた塔屋とうやを、赤く照らし出していた。


     ◇


 時を戻し、日がてらす王都のとんがり塔。

 研究長の私室。

 真剣な顔で、コーディリアは机に向かっていた。

 机の上には、小さな木の棒と魔法の蛍石ほたるいし、そして希少な珍品が並ぶ。


「アルがつかさどるのは、日と火。日の属性を強めるなら、多色ヒマワリの種。火なら火の山椒魚サラマンドラの尻尾。……雷魔法も得意だから閃電岩せんでんがんしびれクラゲの触手?

 ……。ああぁ! 決まらない!」


 スミレ髪をかきむしるコーディリアのうしろから、恐るおそる補佐官が声をかける。


「まだ……か。そもそも、なぜアルに携帯杖ワンドが必要なんだ?」


 首だけ回し、コーディリアはキッとユージーンをにらんだ。


「だから言ったじゃない!

 アルは常に召喚術を施してるから、ほかの魔法を使うために必要なの!」


 その八つ当たりに「そうか」とうなづき、ユージーンは目で謝る。

「初耳だがな」と心の中で訴えた。


 イライラと携帯杖ワンドを作る研究長を尻目に、ユージーンは本棚を物色しはじめた。

 魔法書を手にとるのも久しぶりで、彼はまた懐かしい気持ちになる。

 ふと、ある書物の背表紙に、先導者ユージーンの目は釘付けになった。


「神の善意……発動?」


 つぶやくと同時に、扉がけたたましく叩かれた。

 ユージーンは書物を素早くふところに忍ばせる。

 ふり返ると、コーディリアが扉を凝視していた。


     ◇


「これが……。なるほど、よくできている」


 研究室でユージーンがつぶやくと、若い女研究者たちはうっとりした。

 美青年の補佐官に、我先にと魔法図マジア・ヴィズムを解説しはじめる。

 がしかし、小柄な研究長コーディリアが、わざとらしい声を出した。


「うぉっほん! ……それで? 探求者のグリーはヌーラムにいるようですが?」


 壮年の研究者が言い訳する。


「先ほどは、探求者は大河のこの辺りまで移動したのです。

 ……新神体しんしんたいは、もう目と鼻の先」


 そう聞いて、ユージーンは問うようにコーディリアへ顔を向ける。

「『これまでなかったマリス』のこと」と、彼女はささやいた。


 そして彼女は、研究者たちといくつかの可能性を議論しはじめる。

 しかしそれは、ユージーンの耳には入らず、彼は卓上の魔法図マジア・ヴィズムから目が離せなかった。


 白い光は神の善意、紫の光が神の悪意。

 本当にそうだとして。

 孤立した紫の光から離れ、白と紫の光が寄り添うように一緒に光っている。

 こうして目にすると、これまでの常識をくつがえす運び手の存在に、ユージーンは動揺どうようした。


「アル、お前の探求の行き着く先は、いったいどこだ?」


 先導者は、心の中でそうつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る