3 手を組む者たち

 被災したヌーラムの午後。

 通りに面した安宿。

 瓦礫がれきに囲まれた屋外席で、ぎこちなく食事を囲む4人がいた。


「では改めて。喜ばしい再会を祝して」


 低く甘い声で、エルベルトが杯をあげる。静かなたたずまいだが、マルコには、彼がこの上なく上機嫌に見えた。

 セロリを口にくわえたまま、アカネがうらめしそうにマルコを見つめる。

 アルも心なしか沈んでいる。

 マルコは、明るい声を張り上げてみた。


「それで、エルベルトは、あのあとどうしてたの?」


「気ままな旅。それは星が巡る間もなく終わりを迎え、心労の日々。思いもよらぬいくさ

 そんなところだ。

 だが、こうして救いを得た」


 何を言っているのか、マルコにはさっぱりわからず頭を抱える。

 となりからアルが口を出す。


「それなんだけど! やっぱり……難しいんじゃないかなぁ。私たちでアカネさんを守るなんて、とても」


 口を開くエルベルトの横から、アカネが身を乗り出す。


「『さん』づけ、いらないから。それに守るって––––」


 おだやかにエルベルトは手を伸ばすと、さとすように、そして険しい目でアカネに語る。


「『たまご』の運び手に敬意を。

 川の賊とのいくさに加え、このたぐいまれなる邂逅かいこうを台無しにしたとあっては、『七色なないろきみ』はなんと思うか」


「母上に告げ口するのか? 卑怯ひきょうだぞ!」


 アカネの抗議にも、エルベルトは余裕の笑みを浮かべ、アルとマルコに向き直った。


「守るのではない。そうではなく彼の暴走を止めてほしいのだがともかく!

 川上の調査は必要だろう。なぜなら––––」


 その語りを半分聞き流しながら、マルコは二人と出会った時を思い出していた––––。


     ◇


 壊れた噴水の前で、マルコはじめ、みながはしゃいだ。一人をのぞいて。


「驚いたよ! こんな所で会えるなんて」


「見違えたぞマルコ。たくましくなったな。

 アルフォンス、つとめをこなしているようだ」


 エルベルトは、控えめな笑顔でマルコとアルの手を取った。

 アルも興奮して、大げさに両腕を広げる。


「本当に大変だったんだよ、エル!

 助けを借りて、なんとかここまで来れた」


 盛り上がる3人から一歩引いたアカネが、低い声をもらす。


「おい。その剣返せよ。元は俺のだからな」


 笑顔が張り付いたマルコが、「へ?」と間の抜けた顔を向ける。

 アルは思い出し、さっと表情を変えてささやいた。


「彼はこの間の古代エルフだ。見た目と違って、かなり、いやずうっと年上のはずだ」


 マルコの笑みがすうと抜けて、戸惑いながら腰の小剣に目を落とす。


「や……でもこれ、エルベルトにもらって」


「だぁからあ。俺がエルベルトにあげたの」


 不躾ぶしつけなアカネの応答に、エルベルトは静観を決め込み、腕を組む。

 マルコは、感激の再会に本当は涙を流して喜びたいのに、水を差されてムッとした。


「……いやだ」


「なにぃ!」


 早過ぎる怒りにアカネはかられた。

 だが、おくすことなくマルコは顔を上げる。


「巡りめぐって、この剣を使わせてもらえたことに感謝するよ。

 でも! まだたたかいは続く。これがないと魔物に––––」


「そんなの! 俺がチャッチャッチャーと、退治してやるよ。こう、サッササッて」


 得意げに剣をふる仕草のアカネを見て、マルコは「この子、ムカつく……」という思いをおさえられない。

 アルは両手を上げて、にらみ合うマルコとアカネをはらはらと見比べる。

 しかしエルベルトは手を顔にあてるだけ。

 ふいにマルコが叫んだ。


「わかった! じゃあ返すよ。返しますよ。けどそれは、目の前に魔物がいる時にね!」


「な?」と驚くアカネ。すかさずエルベルトは彼の肩を組んだ。


「良い案がある。皆が手を組み、役目を果たせば、この難局を乗り越えられるぞ」


 そう言って彼は、もはや喜びを隠せないように一同をながめニヤリと笑った––––。


     ◇


 安宿で、エルベルトの弁舌は続いていた。


「––––街の安全のためだ。アカネ様の言う通り、大河の上流に賊の拠点が隠されている」


「そうだ! サッと行ってガッとやろう!」


 急に勢いづいて、アカネはセロリを手にした拳でテーブルを叩く。

 通りを歩く何人かが、気になる様子でふり向いた。

 アルが弱々しく反論する。


「そうしたいけど、たった4人なんて……」


「何言ってんだ! この前は俺らだけ––––」


 アカネの口を、あわててエルベルトがふさいだ。険しいまなざしで、すかさず問う。


「先ほど聞いた、他の仲間は?」


「こんな時なので、すぐお願いは難しいよ。ねえ?」


 アルはそう答えて、マルコに水を向ける。

 アカネをにらみながら、いさましくセロリをかじると、マルコは顔をしかめた。


「他の仲間はここが地元だから。その、片付けとかイロイロしばらく忙しいと思う––––」


 その時、通りの向こうから大声がする。


「さ、探したぞーっ!」


 声の主は若ドワーフで、灰色の髪を輝かせ、どたどたと駆けてくる。

 エルベルトは目を細め、口の端を上げた。


「ふ。ドワーフの戦士が、まず一人」


     ◇


 互いの自己紹介が済むと、バールはさっさと自分のエールと腸詰ちょうづめを注文した。


精悍せいかんな第二の民だ。交友関係が広いな」


 エルベルトが笑みをたたえて言うと、マルコがすかさず答える。


「バールは鉱山での経験が長いドワーフなんだ。マリスのこともわかってて、僕らの旅に必要な人だ」


 答えるマルコと同じ鎧姿のバールを、アカネはじっと見つめたが、何も言わずソッポを向いた。

 さっそくエールの泡を飛ばしながら、バールがマルコにたずねる。


「お、置いてくつもりだったのか?」


「まさか! 互いの護衛もあるだろ? 次の行き先を、今こうして話し合ってるんだよ」


 マルコが応じると、すかさずエルベルトが口を挟む。


「そしてその行き先の、案がある。

 こちらのアカネ様も同行する。

 剣のえにしで、ちからとなるだろう。

 お見知り置きを、バルタザール殿」


 泡を口につけるバールは「はぁ」と返す。

「なにドワーフにお願いしてんだよ!」と、アカネはぶつぶつ言った。

 席が窮屈そうなアルが、割って入る。


「まだ決まったわけじゃない!

 それに調査には、エル、エルベルトも必ず一緒に来てもらう」


「必要か?」


 すまして答えるエルベルトと、愕然がくぜんとするアルの顔を、マルコは黙って見比べた。


「これじゃ、まだまだ人手が足りない––––」


 憮然ぶぜんとするアルの背後から、威厳のあるりんとした声が響く。


「参上しましたよ。アルフォンス」


 その姿を見て、エルベルトはつぶやいた。


「月のいやし手が、ふたり?」

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