2 それぞれの再会

 いろどり豊かだった商業の街、ヌーラムの夜。

 襲撃の傷跡は、あちこちにうかがえた。


 壊された出店の瓦礫がれきが散らばる広場。

 すみに、旅商人のドワーフ、ゲオルクの店のあかりが見える。

 黒くすすけた石壁がマルコを不安にさせた。

 バールがふり返る。


「あれだ! 急ごう」


 エレノアとアルも不安げに顔を見合わせると、バールとマルコの後を小走りに追った。


     ◇


 わめきながら店に飛び込んだバールを迎えたのは、ゲオルクがかまえる斧付き槍。


「心臓に悪いじゃないか! いくさ中だぞぉ?」


 そう言って茶髪のゲオルクは、健在な笑顔を見せる。

 すぐに駆け寄り「よく無事で戻ったな!」と、バールを強く抱きしめた。

 だが、うつむいた若ドワーフは、なかなか言葉を発せないでいる。

 不思議に思って、ゲオルクはマルコとアルを見比べた。


「実は––––」


 見かねて、これまでの取引の経緯を説明したのは、アルだった。


     ◇


「ふ〜む、ふむ。バール!

 その証書とやらをおじさんに見せてくれ」


 ゲオルクが手を出した瞬間、バールは水上料理店の証書を置いた。

 ゲオルクは、証書を顔に近づけたり遠ざけたりして、大げさに読み上げる。


「うむ。雪棚山脈のドワーフ、バルタザール・コナンドラム。

 塩、1樽。果物くだもの、12樽。干物ひもの、5樽––––」


 バールはハラハラとその様子をながめる。

 マルコと目が合うと、情けない顔をした。


 一通り読み上げたゲオルクは、わざとらしい真面目な顔でたずねる。


「それで? ささげたしなは喜ばれたのか?」


 問われたバールは、こめかみをかきながら「えぇと……」と、料理店での光景を思い出した––––。


     ◇


 ヌーラムの水上料理店に、色とりどりのあかりが戻っていた。


 再び並んだテーブルの上で、料理人たちが素早く果物くだものをむいている。

 並んだ避難民に皿が渡されると、安堵の声があがる。

 顔がすすだらけの男の子は、果実にむしゃぶりつくと「つめたい!」と驚いた顔をして、周りを笑顔にした。


 まだ暑さが残る夕べ。

 汗を流す料理人たちは、固くなったパンを塩茹でして調味料でととのえる。特製スープを配りはじめた。

 若い母親が、わんを受け取りながら、涙を流している。


「人助け……だね」


 エレノアが優しい笑顔をバールに向けた。

 脱力した若ドワーフのもとに、やがて、感謝の笑顔が集まりはじめる。

 人々は次々バールの手を取り礼を述べた。

 戸惑うようにこたえるバールの横顔を、マルコは誇らしく思った。


 だが調子に乗ったバールは、余計なことをしはじめた。

「やめなよぉ」とまとわりつくアルの制止も聞かず、「こうして食べると格別なんです」と人々のわん黒胡椒くろこしょうをふって回る。

「刺激のあるものは、ちょっと……」と断る老婆のわんに、彼は黒い粒をたんまりとふる。

 すると横から、好奇心旺盛な女の子が一口すくって、顔をしかめて舌を出した。


 マルコとエレノアは、黒胡椒くろこしょうの壺を抱えて歩き回る若ドワーフをながめたあと、顔を見合わせ苦笑いした。


 のちの世に、『西と東をつなぐ者』として、高名をはせるドワーフ、バルタザール。

 しかしこの時はまだ、ヌーラムの子どもたちに不名誉なあだ名を付けられていた。

『ナゾの、コショーおじさん』と––––。


     ◇


 話を聞き終えたゲオルクが、閉じた目を、ゆっくりと開く。


「でかしたな」


 驚いて、バールは答えられずにいる。

 するとゲオルクは、大きな目をギョロリとさせて続けた。


「バール……お前は、おじさんが苦労したものを、たった2回の取引で手にしたようだ」


「え? そ、それは……」


 戸惑うバールに、茶髪のドワーフが答える。


「人からの『信頼』だよ。

 見事みごとじゃないか! 我がおいっ子よ!」


 ブワッと涙があふれ「ゲオルクおじさん!」とバールは伯父に抱きついた。



 泣いて抱き合う二人のドワーフをながめながら、マルコは「少し大げさなんじゃ?」といぶかった。

 左を見上げると、アルはニヤつく口もとを手でかくしている。

 右に目を向けるとしかし、だらだらと涙を流すエレノアに、マルコは仰天ぎょうてんした。


 もらい泣きしたエレノアは、駄々っ子のような声を上げる。


「……ぁぁあああ。わだしもがえりたいぃ」


 心底驚いた顔のアルが、あわてて近寄る。


「わかった! 今から月の院に送ろう。ね?

 マルコも一緒に、ね?」


 うろたえるアルのとなり、マルコも真剣な顔で何度も何度も首を縦にふった。


     ◇


 翌日。

 マルコとアルは、ヌーラムの数ある広場の一つを並んで歩いていた。

 物騒なので、久しぶりにマルコは、腰におおかみをした小剣を帯びている。

 広場の真ん中を見ると、噴水は壊され中心に瓦礫がれきが山のように積まれていた。

 それを一瞥いちべつして、アルがまくし立てる。


「とりあえず、エラとバールの縁者えんじゃに被害がなくて本当に良かった。

 二人はしばらく、ここで過ごした方が良いかもしれない––––」


 話半分に聞きながら、マルコは噴水の反対側を見て「ん?」と気になった。どこかで目にした赤髪の少年と、背の高い男が並んで歩いている。


「あの時、私たちがピスカントルに向かったのも間一髪の避難だったよ。

 ……わかるだろ? マルコ」


 と言ってアルは、マルコの腰にある袋––––神の悪意の石、マリスが入った暗い袋––––を、大杖でさした。

 だがマルコは、「あぁ」と生返事。

 向こう側の赤髪の少年を、いったいどこで見かけたのか、思案顔だ。


 赤髪の少年も、ふとマルコを見返した。

 何かに気づくと険しい目でにらむ。感じの悪いまなざしは、瓦礫がれきにさえぎられた。


 それには気づかず、アルは両腕を抱いて再び語る。


「これからの事も、よくよく考えなきゃいけない。

 得体の知れないぞくに、マリスや私のグリーが奪われるなんて、考えるだけで恐ろしい」



 広場を上から見ると、噴水の右をマルコとアルが北へ歩く。

 反対側をアカネとエルベルトが歩く。

 双方とも噴水の丸みに沿って進むが、アルもエルベルトも話に夢中でお互いに気がつかなかった。


 真ん中の瓦礫がれきを過ぎて、マルコがのぞき見ると、赤髪のアカネは唇をゆがめ、すごんだ表情を見せる。

「なんで怒ってるんだろう?」と、マルコは訳がわからないまま、ひたいに汗して、少年から目が離せない。

 となりの、つばの広い帽子の男には気づかなかった。


 噴水の北の小道の入る前、4人は限りなく接近。

 やっと気がついたのは、ハーフエルフだ。


「––––まずは、王都へ忍び込むべきだろう。そこでアオイ様と合流し、そのうえで、川上の探索をすべきだ。なぜなら––––。

 ら……あ? アルフォンス?」


 エルベルトは、帽子のつばを上げて光る瞳を見せた。


「……エル? エルえるエルベルト?」


 あわて過ぎて、舌が回らないアルがおうじた。


 アカネは、驚いた瞳を上げる。

 戸惑っていたマルコの顔に、ゆっくりと、晴れやかな笑顔が広がる。


 はるか南の森を旅立って以来、頼りになる旧友との再会だった。

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