11 勝負か賭けか

 バールの初陣ういじん、そしてエレノアが––––文字通り––––水に流した、いくさの翌日。


 漁村ピスカントルの砂浜で、若ドワーフはぼんやりと波の音を聞いていた。

 向こうで、マルコとキースが一対一の試合をしている。村の男や血気盛んな女たちが、周りを囲み声援をあげる。

 だが、バールはたたかいには興味がない。

 こんな時なのに、どうやって伯父おじの出資金をまかなえばよいのか、頭を悩ませていた。


 ふと、砂浜の反対側に、のんびり歩くエレノアが見える。バールは、なんとなく巫女みこの姿をながめた。

 気持ちよさそうに伸びをして、もう昼前だというのに大口を開けてあくびをしている。

 ふいにこちらの視線に気づくと、あわてて口に手をあて、それから、猛烈な勢いで駆けて来た。


     ◇


「ごめんなさいっ! ごめんっ!

 久しぶりの魔法で調整が難しかったの! 本当に大丈夫?」


 月の巫女みこエレノアは、まだ若ドワーフに謝っている。淡く光る指先を近づけ、怪我けがはないかバールをあちこちさわる。

 バールは、たじろいだ。


「エラ! もう大丈夫! 水は苦手だけど」


 そう聞くと、エレノアはびくっとして、「次から気をつけるね」と、すっかりかしこまった。

 バールも話題を変えたくて、歓声のあがる方を指さす。


「それよりアレ。

 なにか、も、めてるみたいだ」


 バールの親指がさす方へ、エレノアは目をやった。

 遠くで、腰の引けたアルが、見てられないといった様子で目に手をあてる。

 歓声が囲む中から、激しく棒を打ち合う音が聞こえてきた。


     ◇


 ほおにあざをこさえたマルコは、口はしの血をぬぐった。

 丸い布がついた竹棒を回転させ、肩鎧姿のキースが青い目でこちらをにらむ。


「マルコ、ちからが終わらせるのだ。

 いくさも、この勝負も」


 聞き流してマルコは、再び竹棒で突いた。キースの足の間を狙い、右に返す。

 しかし、彼には長すぎる棒は大ぶりとなって、軽快に跳んでよけるキースの格好の的になる。

 着地したキースは、流れるような動きで下からマルコの胸を突いた。


「下がるとまたやられる」ととっさに感じ、マルコは右前方に踏み出す。そして今度は棒を左にふった。

 驚いて目を開くキースは、それでも機敏に反応して棒を打ち合う。

 二人が右に左に棒をふると、竹がぶつかるかん高い音が何度も響いて波の音を消した。

 村の観衆は手を叩いて興奮し、歓声があがる。


 キースとマルコは、互いにび下がる。

 充分な間合いができたところで、マルコは声を出した。


「これは勝負じゃない。一本とったら、聞いてくれる約束だよ」


「ハッ!」と不敵に笑うキースは、助走をつけて間合いを詰めると、鋭くマルコの足を払う。

 今度はマルコが跳んでよけ、棒を構え直した。



「いったい……何やってるの?」


 いつの間にか、となりでつぶやくエレノアを見て、アルは我に返る。はらはらと指を動かしながら、彼は言い訳した。


けなんだ。もしマルコが一発でも当てたら、提案をさせてもらえる」


「提案?」とエレノアは考えるが、訳がわからず首をかしげる。

 だが思い出したようにふり返ると、鋭いまなざしでバールを見つけた。腕をブンブン回して、「早く来い、すぐに来い」とばかりに猛烈に手招きする。

 遠くで、若ドワーフがしぶしぶと腰をあげるのが見えた。


     ◇


 先ほどから、目の前の若い戦士は呼吸を整えている。

 数々の死地をくぐり抜けてきた戦人いくさびとキースは、「実力差はわかってるだろうに、意外と度胸のある奴だ」と感心した。


 小柄な戦士は、竹棒を滑らせ、ゆっくりとふり上げる。

 キースは「随分ずいぶん、短く持つな。間合いを詰めて早くふるのか? フッ……いろいろ考えやがる」と警戒した。

 マルコが素早い踏み込みと同時に、棒をふり下ろした時、予想通りでキースの口はしが上がる。


「俺を右に逃して、またも右に返すか。単調なものだ」と考え、キースはマルコから見て右側、キース自身は左に重心を移し、攻撃を見切った。


 身体のすぐそばで、予定通り砂に棒が落ちる音がする。

 しかし、経験豊かな戦人いくさびとは、かつて見たことがない立ち回りを目にした。


 海辺の逆光の中、マルコはキースに背中を向けていた。

 奴は回転しているとキースが気づく瞬間、風をうならす恐ろしい音が左からせまる。

 戦人いくさびとは、かがんでなんとかそれをよけた。


「棒の反対側で––––」と状況を理解したその瞬間、またも左から棒がうなり、次は足もとに迫る。

 からくもキースは跳躍して棒をさけた。だがしかし、自らの竹棒が「カンッ!」とはじき飛ばされ均衡きんこうを崩す。


「こいつまだ回りやが––––」と頭をよぎる。

 戦人いくさびとキースはもう、三撃目をよけることはかなわなかった。


     ◇


 砂浜を上から見ると、上段で構えたマルコは、棒をふり下ろすとすぐさま、左回りに回転してキースに踏み込んでいた。

 背面で棒を持ちかえながら一回転。竹棒の中ほどを握り、勢いのまま棒の反対側で左に払う一撃。

 さらに体は回り、半回転で二撃。

 そして最後の半回転で、神速の三撃目がキースを打ちつけていた。


 棒を握るままマルコは、息を切らす。

 上げた左腕と、肩当てで、キースはマルコの強烈な一撃を受け止めていた。くやしそうに歯を食いしばる。


「この……餓鬼がき!」


「ハイっ! そこまで!」


 横から、よく通る声が届く。

 しかしキースは、怒りに燃える目をマルコに向けたままだ。

 視界のはしに、ゆれる杖の先と顔があらわれる。が、その目はあわてて違う方を向いた。


「そこまでですよぉ、約束ですからねー。

 怪我はすぐ治させていただきます! 楽になりますよぉ」


 と、エビのようにへっぴり腰のアルが、エレノアの手を引く。


「やだ。こわいよぉ」


 と、月の巫女みこエレノアは、反対の手で若ドワーフの手を引く。

 バールは、自分は関係ないとばかりに無表情で、砂の上を引きずられている。


「こんなチグハグな旅芸人はどうでもいい」とキースは思う。

 アルはじめ3人は言い争いをはじめたが戦人いくさびとの眼中にはなかった。

 左腕の熱い痛みに耐えながら、なおもマルコをにらむ。


 すると、若い戦士マルコは、恥ずかしそうに下を向いた。

 そして、照れた顔をあげると、心から嬉しそうにニコッと笑う。


 キースは、やっと、この勝負に負けたことをさとった。

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