10 村の戦(いくさ)

 漁村ピスカントルに唯一の、石造りの礼拝堂。

「彼女には、ゆっくり眠れる場所を」とアルが懇願し、エレノアが礼拝堂の寝台に寝かされていた。


 年老いて鼻が赤い神官と、長老イアン、その息子の髭面ひげづらで同じ名前のイアン、そして旅の仲間の3人が、心配して様子を見ている。


 やがてエレノアのまぶたがかすかに開く。

 すると、アルが手をとりなぐさめた。


「エラ、よくがんばったね。今日はちからを使い過ぎたから、もう休むといい」


 エレノアの唇がふるえ、ささやきがもれる。


「……やだ。……私も」


 再び、なぐさめの言葉をかけようとアルが口を開きかけたその時、背後の扉があわただしく開いた。


「敵が来る! また夜です。戦える者はキースのもとへ!」


 村の若者はそれだけ言うと、砂浜の暗がりへと去っていった。

 マルコは、鋭い目をアルに向けうなづき合うと、若ドワーフへと顔を向ける。


「いこう、バール! いくさの手伝いだ!」


     ◇


 やっとのことで、バールはマルコのもとへと到着した。若ドワーフは息を切らす。

 すると、金属の肩鎧を着たキースから、一本の竹を渡された。

 マルコは、竹の両端に丸くしばられた布を確かめ、素振りを試している。


にぎりはいいけど。だいぶ長いね」


 竹棒を立てると、マルコの背の倍近くある。

 キースは、他の若者に指示したあと、向き直った。


「敵も竹槍だが、その倍は長くしてある。

 まずは棒の先で相手をけ。余裕があれば足を払え。恐ろしければ、棒を持って逃げろ」


 ぶっきらぼうにキースは言うと、「あとは向かいながら!」と高々と棒をかかげた。

 村の戦いびと20ほどを率いて、走り出す。


 マルコもあわてて、バールを手招きする。


「バール! 何してんの? さあ行くよ」


 疲れて座り込んでいたバールは、だるそうに立ち上がると、「また走るのか」とつぶやき首をふった。


     ◇


 満月にほど近い、ふくらんだ月の夜。

 海から離れた、村境の森の前へ、戦人いくさびとたちは駆けつけた。


「数は見えたのか?」とキースが近くの若者にささやく。

 とたん、月の光に照らされて、数十人もの異人が樹々の間から褐色肌の姿を見せた。


 敵の槍先が、とがった光を反射する。

 キースの左で棒を構えるマルコは、手に汗をかいた。

 だが、村への侵入者たちはみな息を切らしいやいや行軍してきたようで、疲れて見える。

 キースの大音声。


「いつも通り囲め! 決して前に出るなよ」


 それが合図となって、戦いがはじまった。

 敵勢は叫び、やみくもに突進してくる。

 キースは、マルコとバールに顔を向け念をおした。


「特に、新入り兄弟はまだ出るな!」


「だから、兄弟じゃないって!」とマルコは叫びながら、間合いに入った相手を竹棒で思いきり突いた。

 長い棒はしなり、勢いをつけてその異人を遠くはじき飛ばす。マルコは驚いて口が開いた。

 右では素早く、たくみにキースが竹棒をふるっている。彼の前の異人たちは、まるで波にころがされるように、左へ右へと横倒しになった。


 心配して、マルコは左に顔を向ける。

 バールは退屈そうな顔で、やる気なく竹棒を何度も突いていた。しかしねらいは確かで、敵は小柄な若ドワーフになかなか近づけない。

 器用なさまがおかしくて、マルコは吹き出すのをこらえながら、正面に向き直った。


 上から見ると、隊列もない森からの侵入者のかたまりを、漁村の戦人いくさびとが輪になって取り囲んでいる。

 村の戦い手には女もいて、みな長い棒で小突こづいたり離れるばかりで––––キースの作戦通り––––誰も無理はしなかった。


 輪が崩れそうになると、俊足のキースが駆けつける。

 飛び出た集団の足を左右に払うと、敵はころんで後退した。


 棒で突きながらマルコは、キースの俊敏な動きを観察していた。

 マルコの背後を駆けるキースが、独り言をいう。


「今日は奴は来てないようだ……」


「『奴』って誰のこと?」


 反射的にマルコはふり向いた。

 刹那せつな、二人の敵がマルコを襲う。

 マルコは、あわてて棒をたぐり短く持つ。敵のとがった槍先はもう目の前。見よう見まねで片方の足を払う。

 しかし勢い余って身体は回り、やぶれかぶれでそのまま回転。棒の反対側でもう片方の横腹を叩きつけると、尻もちをついた。

 素早くキースが間に割って入る。


 バールは、何を思ったか竹棒を横にかまえた。

「うおおぉぉ!」と声をあげると、棒を横にしたまま、マルコとキースの前の敵に突進。

 キースが叫ぶ。


「やめとけ! される!」


 しかしバールは、横棒に5人もの異人がぶち当たっても、「ぬううぅぅ!」と力の限り押し出した。

 そしてしなる竹棒は、ブンッ! と空気をうならせ、相手をはじき飛ばす。


「なんてちからだ!」

「なんたる馬鹿力ばかぢからだ!」


 マルコとキースが同時に叫ぶ。

 だがしかし、勢いのあまり、若ドワーフは敵のかたまりの中へと、倒れ込んでいた。

 あせってマルコは立ち上がろうとするが、長い棒が邪魔してうまくいかない。

 敵を払いながらキースも突っ込むが、間に合いそうもない。


 その時マルコの耳に、懐かしく、あわてた様子のよく通る声が届いた。



「そんな大技おおわざ、ダメだって!」


 支えようとするアルの手を払い、エレノアが両腕を広げ、ゆっくりと回す。

 唇は動かすまま。


 マルコの瞳に、月光を反射しまぶしく輝く水色の髪がうつった。

 月の神聖魔法に加えて、水の精霊もべる巫女みこは、高く、朗々と、だがつっかえながら唱えた。


「だ、か、小海嘯しょうかいしょう! ……さらにやさしく」


 ふり返るキースとマルコの目が大きく開き丸くなる。

 巫女みこと魔法使いの背後から、垂直の水の壁があらわれた。


「ああああああぁぁっ!」と、二人の戦士は恥も忘れて叫ぶ。


 水の壁は、見上げる高さからアルの背丈の倍ほどに縮むと、ゆらりと前にゆらいだ。


     ◇


 気がついたバールは、土から顔をはがすと、首をふりふり泥をはらう。なんとか手足に力を入れると、戦場の真ん中で、勇ましく立ち上がった。

 そんな彼のうしろ頭に、水流は容赦なく直撃した。


 ざぱああぁぁぁんん! と音をたて、水は敵も味方も分け隔てなく洗い流す。

 マルコもキースも、その光景を呆然とながめた。


 戦場を上から見ると、侵入者たちは、水に足をすくわれ流されるままに、森へと帰って行く。

 村の戦人いくさびとは、森まで流されまいとあわててねる。


 水が流れたあとに、金属輪鎧リング・メイルが光る戦士があわてて駆けた。

 向かう先の地面では、同じ金属輪鎧リング・メイル姿の若いドワーフが、手足をバタつかせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る