12 マルコの提案

「きゅっ……きゅうせん、こうしょう?」


 漁村ピスカントルの長老、イアンのつましい家。

 マルコの提案に対して、老人はわなわなと口を震わせ、オウム返しをした。

 となりの髭面ひげづらの男––––長老の息子のイアン––––は、何か言いたそうに体を揺らすが、何も言えずそのまま前後にゆれるばかりだ。


 わずかなあかりの中、戦人いくさびとキースが、おだやかに語る。


「俺は反対なんだ。二度と攻める気をなくすまで、敵にちからを見せ続けるのが常道だ––––」


「でも!」


 とマルコは再び主張した。


「キースが言ったんだ。『敵にいくさの中心となる者がいる。奴がいるのといないのじゃ、働きがまるで違う』って。

 だから! 夕べの異人たちは、本気じゃなかった––––」


「ホスペスじゃ」


 その声に、マルコは「え?」と返して、長老を見た。

 イアン老が、静かに続ける。


「異人ではない。ホスペスの村の方々じゃ。長年の友であり……共に生きる商売相手。

 なのじゃが……」


「なぜか今回は、丸くおさめようとしないんですね?」


 長身のアルが、下からあかりに照らされ、おどろおどろしい顔で口をはさむ。

 イアン老は、びくっと見上げた。

 魔法使いは続ける。


「私たちは、いくさの原因が知りたいのです。

 好戦的なホスペスの民が、わずかなら……休戦交渉で何か得られるかもしれない」


 それを聞いた長老イアンは、「むうぅ」と頭を抱えた。

 心配そうに父親を見たあと、髭面ひげづらの息子が泣きそうな声を上げる。


「そんなこと言ったって旦那だんな! 取引できるものなんて、もう何も残ってねぇ」


 月の巫女みこエレノアのとなりで、背の低い影がぴくっと動く。

 エレノアは微笑んで、彼の背中を、そっと押して前に出してあげた。

 暗がりから若ドワーフのバールの姿があらわれる。彼はたどたどしく、だが力強く言った。


「取引なら、ぼ、ボクにも考えが!」


     ◇


 ピスカントルから、敵村ホスペスへの使者が出発したあと、一両日は平和だった。


 マルコは、キースとの特訓に明け暮れた。

 竹棒を自分に合わせて短くし、技にも工夫をこらすマルコは実にいい生徒だった。

 しかしキースは、何かを恐れるように必死に武力をみがくマルコの姿を、不審に思った。


 エレノアは治療を続け、村人の多くは診療小屋を出た。

 バールも手伝い、ホスペスの捕虜たちもすっかり元気を取り戻して、充分に歩けるほどだ。

 バールがえがく、取引の準備が進んでいた。


 アルは、まるの魚をゆずって欲しいと漁師に交渉したりしたが、「いくさ中だから」と断られた。

 ほかは、仲間の様子をながめたりした。

 それもしない時は長老イアンのそばにいて、昔話でも最近の噂でも、何でも忍耐強く聞いた。


 使者が戻った時も、暑さがやわらいだ海辺で、アルは長老の話に耳を傾けているところだった。

 その夕方、長老の息子イアンが、無事につとめを果たし帰ってきた。他の使者と一緒に砂浜を走り、長老とアルのもとへと駆けてくる。

 彼は、ひげいっぱいの笑顔を浮かべていた。

 ホスペスの村は、捕虜を返すなら交渉すると承諾したのだ。


     ◇


 満月の夜。

 好奇心に満ちた目で、アルはエレノアにたずねる。


「こうなること、初めからわかってたの?」


 彼女はすました表情で、そのままバールへと視線を送る。

 バールは照れたようにこめかみをかいた。


 マルコとキースに手縄てなわはずされたあとも、ホスペスの捕虜たちは大人しかった。

 大きな黒い瞳の男たちは、マルコにはわからない異国の言葉を、エレノアとバールに次々とかける。

 ひげのイアンが言うには、感謝の気持ちを伝えているとのことだ。


「それでは」と、おもむろにアルは、大杖の先から暗い袋を取り外す。

 神の善意の石グリーの、白く柔らかい光が辺りを照らした。

 そこは、先日の戦場いくさばとなった、あの村境の森の入り口だった。

 アルがよく通る声をあげる。


「ピスカントルの友、ホスペスの方々よ。

 武運尽きてとらわれの身となるも、此度こたびの交渉のため貴方あなたがたを故郷こきょうへと送り届けよう。

 くれぐれも、この光からのがれぬよう。

 この神の善意の導きから離れぬように」


 言葉が終わると、グリーの白い光がまばゆくかがやく。

 あたり一面を真昼のように照らし出した。


 ホスペスの捕虜たちは一様に驚いた顔で、手を合わせて、おがむように何かつぶやきはじめた。

 息子のイアンも、同じ仕草で仲間に入っている。

 エレノアとバールは、共に静かにグリーの光を見上げた。


 出自が不明のキースは、あわてて顔をそらすと、ぶつぶつ祈る。目は恐怖で見開き、ひたいには汗が浮かぶ。

 その姿を見て、マルコは不思議に思った。


     ◇


 森の暗がりに入った後も、神の善意に照らされた一行は、道に迷うことはなかった。

 先頭に、道を知るひげのイアンと、グリーを高くかかげるアル、そして竹棒を持つバールがいる。

 そのうしろを、ホスペスの者が地元を目指して軽やかに歩く。

 竹棒を持つマルコとキース、そして白い法衣ローブのエレノアが、しんがりに続いた。


「やはり小魚を求められたんで約束はしたんですがね。本当に良かったんで?」


 イアンは、不安げに若ドワーフに聞いた。

 バールは小刻みにうなづくが、声は落ち着いていた。


「大丈夫。今回は人手が足りなかったので、待って欲しいと伝える。そのうえで、相手が望むものをほかにも探る。

 大事なのは、つながりを持ち続けること。それで、充分で公平な取引を目指せる」


 前方に目をらしたまま、若ドワーフは語る。

 アルは、バールの横顔を盗み見ると、嬉しそうに口もとをゆるめた。


     ◇

 

 森の奥から、夏の虫のが聞こえてきて、マルコはなぜだか懐かしく感じた。

 前にも夜の森を歩いた。

 しかし今は、白い光が道を照らし、なにより頼りになる仲間がそばにいる。

 だから、油断していた。


 しばらく時が流れた。一行が進む先で、ふいに炎の明かりがゆらぐ。

 ホスペスの男たちが、ざわつきはじめる。

 そして、おどろおどろしい太鼓の音が聞こえてきた。


 ドンドンドロドロ……ドロン! ドロン!


 とたん、移送中の捕虜たちが一斉に叫び、恐慌状態になる。口々にこうささやいた。


「ピーシス!」

「シレーニ!」


 キースやマルコが止める間もなく、ホスペスの男たちはあっというに左右に散って、森の暗がりへと消えてしまった。


「どうした? あいつら、なんと言った?」


 キースが前にたずねた。

 ひげのイアンが呆然ぼうぜんとした顔でふり返る。


「さかな。そして……魚人ぎょじん、と」

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