2 ひきこもり
数ある広場の一角に、旅商人ドワーフ––––そしてゴードンの
その店の奥から、彼はおもむろに姿をあらわした。
肩は広いが肌は白く、ドワーフにしては細い。明るい灰色の髪は
そして昼間なのに、目が赤かった。
マルコもアルも、若いドワーフを初めて目にして、暑さも忘れじろじろと見た。
顔に赤い血がこびりついたままのゲオルクが、陽気に紹介する。
「こいつは、東の
母は、我が妹のゲルダ! 父は、コナンドラム家
手で汗をぬぐいながら、あわててゴードンが止めに入った。
「待て! ゲオルク。それでは、その若様は、貴公の
「そう! バルタザール・コナンドラム!」
そう言ってさも自慢げに、ゲオルクはバルタザールと呼ばれる若ドワーフの肩を叩く。
アルはあごに指をあて「聞いた事あるような?」とつぶやく。
「雪棚山脈、コナンドラム……鉱山のドワーフ」とぶつぶつ言うと、ポンと手をたたく。
「思い出した!
たしか鉱山ドワーフの跡取りが、家と鉱山から150年間、一歩も外に出てない––––」
聞いたマルコは驚きのあまり、つい大声をあげてしまった。
「ええぇ? 150年間、ひきこもり?」
一同みな、その場で固まった。
若ドワーフのバルタザールが、赤い目を開いて、じりじりとマルコに近づく。おどおどした細い声をあげた。
「お、オマエこそなんだ。暑くないのか? そんな格好、季節外れだ」
マルコははっとして、自分の革鎧とぶ厚い上衣にキョロキョロ目を落とす。
汗のしずくをたらすと、「そうだね」と赤面した。
◇
ルスティカで神の悪意に
ゲオルクがそわそわして促す。
「どうだ? ん? お前はどう見る?」
バルタザールはうんざりしたように見返すと、とつとつと語り始めた。
「も、元は王都の騎士団長の
手入れは雑。だけど切れ味は悪くない。
この
普通の取引はできない」
それを聞くと、嬉しくてたまらないようにゲオルクはどや顔でふり返る。
「どうだっ!
勝ち誇ったゲオルクの顔を見て、ゴードンは「ぐっ!」と
だが、バルタザールの語りは続いた。
「なので、東の
僕が手入れをして、適当に
ま、待てよ……直接、王都東区の収集家に––––」
ゲオルクは、心底あわてた。
「口を閉じろバール! お前、まーた、考えてる事、全部口からだだもれだぞ。
忘れたのかー?
商いの基本、おじさん教えただろ?」
ゴードンは、勝ち誇った笑みをマルコとアルに向けると、ゲオルクに言った。
「充分な益が出るな。では正当な取引––––」
「待った! ゴードン。わかった。
条件がある。
こちらは、この豪華な馬車も提供しよう」
ゲオルクの申し出に、アルは「え?」と
ゴードンが、落ち着いて問い返す。
「このオンボロのことか? それでこちらは何を?」
「そちらの立派な方の旅に、我が
そして、しっかりと
マルコとアルは、もはや
護衛を頼みに来たはずが頼まれている。
それでもゴードンは冷静だ。
「不充分な取引だ! 不公平ともいえる。
では、こちらも条件を重ねよう。こちらにおわすマルコ・ストレンジャー!
先ほどバルタザール殿の言う通り、武具、衣ともに替え時である。それを一式、見立ててもらおう」
ゲオルクは、急ぎバルタザールとうなずき合うと、向き直った。
「取引成立だ。充分で公平といえる」
ゲオルクが気どって宣言すると、ゴードンも満足したように深くうなづく。
そして二人は、しっかりと互いの
炎天下の中、アルは杖にすがるように立ち尽くしたまま。
マルコは、今決まった取引が一体どんな約束だったのか、頭を抱えて考えた。
ふと顔を上げると、バルタザールがこちらを見ている。彼は大剣をかかげて、ニカッと笑った。
◇
ゴードンは、ドワーフの精一杯の早足で、また色鮮やかな市場を通っていた。
赤や緑の
「次は
マルコはあわてて横に並び
「待ってよ、ゴーディ! さっきの、あれ、結局どういう事なの?
あの若いドワーフさんが仲間になるの?」
「貴公が得たのは、武具、古い馬車、若ドワーフ。差し出したのは、呪われた剣と……」
ゴードンは、マルコへと真っすぐ向いて、肩をにぎった。
「あの若ドワーフの面倒をみる保障だ。
それで、ゲオルクはしばらく肩の荷が降りる。貴公らも多少は安全になろう。これが、充分な取引だ」
そう聞くと、後ろのアルが「そんな……」と泣くような声を出し、手で顔をおおった。
ゴードンが首をのぞかせる。
「そうだアル! 考えてみたのだが、貴公の
アルの顔に、赤い垂れ幕が張りつき、叫びの面が浮かぶ。が、彼は払う気力もない。
マルコは「ちぎり?」と高い声をもらすと白目を向き後ろに倒れた。
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