2 ひきこもり

 いろどゆたかな商業の街、ヌーラムを夏の太陽が照らす。

 数ある広場の一角に、旅商人ドワーフ––––そしてゴードンの従弟いとこ––––、ゲオルクが営む季節限定の店がある。


 その店の奥から、彼はおもむろに姿をあらわした。

 かわ履物サンダルに、膝下までの短い穿きもの、ラクダ色のゆったりした七分丈しちぶたけ

 肩は広いが肌は白く、ドワーフにしては細い。明るい灰色の髪は綺麗きれいに切りそろえられ、ひげ産毛うぶげが薄くかかる。

 そして昼間なのに、目が赤かった。


 マルコもアルも、若いドワーフを初めて目にして、暑さも忘れじろじろと見た。

 顔に赤い血がこびりついたままのゲオルクが、陽気に紹介する。


「こいつは、東の彼方かなた、雪のたな山脈の由緒ある一族、コナンドラム家のバルタザールだ!

 母は、我が妹のゲルダ! 父は、コナンドラム家いちの変人であり、皆に愛されるバルナバス! その父である祖父は––––」


 手で汗をぬぐいながら、あわててゴードンが止めに入った。


「待て! ゲオルク。それでは、その若様は、貴公のおいで、あのコナンドラム家の御曹司おんぞうしの––––」


「そう! バルタザール・コナンドラム!」


 そう言ってさも自慢げに、ゲオルクはバルタザールと呼ばれる若ドワーフの肩を叩く。


 アルはあごに指をあて「聞いた事あるような?」とつぶやく。

「雪棚山脈、コナンドラム……鉱山のドワーフ」とぶつぶつ言うと、ポンと手をたたく。


「思い出した!

 たしか鉱山ドワーフの跡取りが、家と鉱山から150年間、一歩も外に出てない––––」


 聞いたマルコは驚きのあまり、つい大声をあげてしまった。


「ええぇ? 150年間、ひきこもり?」


 一同みな、その場で固まった。

 若ドワーフのバルタザールが、赤い目を開いて、じりじりとマルコに近づく。おどおどした細い声をあげた。


「お、オマエこそなんだ。暑くないのか? そんな格好、季節外れだ」


 マルコははっとして、自分の革鎧とぶ厚い上衣にキョロキョロ目を落とす。

 汗のしずくをたらすと、「そうだね」と赤面した。


     ◇


 ルスティカで神の悪意にのろわれた者、マグナスの大剣を、バルタザールは手に取りしげしげとながめた。

 ゲオルクがそわそわして促す。


「どうだ? ん? お前はどう見る?」


 バルタザールはうんざりしたように見返すと、とつとつと語り始めた。


「も、元は王都の騎士団長の大剣グレート・ソード

 手入れは雑。だけど切れ味は悪くない。

 このにごった刃紋はもんが、呪われたあかし

 普通の取引はできない」


 それを聞くと、嬉しくてたまらないようにゲオルクはどや顔でふり返る。


「どうだっ! おいっ子の鑑定眼は? え?」


 勝ち誇ったゲオルクの顔を見て、ゴードンは「ぐっ!」とくやしそうに歯ぎしり。

 だが、バルタザールの語りは続いた。


「なので、東の陵墓りょうぼのノームに『呪いき』を依頼する。それが2,000銀貨シルバー。まければ1,500。運び代は多くて500。

 僕が手入れをして、適当にめいきざめば、5,000銀貨シルバーにはなる。

 ま、待てよ……直接、王都東区の収集家に––––」


 ゲオルクは、心底あわてた。


「口を閉じろバール! お前、まーた、考えてる事、全部口からだだもれだぞ。

 忘れたのかー?

 商いの基本、おじさん教えただろ?」


 ゴードンは、勝ち誇った笑みをマルコとアルに向けると、ゲオルクに言った。


「充分な益が出るな。では正当な取引––––」


「待った! ゴードン。わかった。

 条件がある。

 こちらは、この豪華な馬車も提供しよう」


 ゲオルクの申し出に、アルは「え?」と怪訝けげんな顔をし、マルコは目を開いた。

 ゴードンが、落ち着いて問い返す。


「このオンボロのことか? それでこちらは何を?」


「そちらの立派な方の旅に、我がおい、バルタザールを道連れとしてほしい。……妹から、一人前にしてくれと泣きつかれてるからな。

 そして、しっかりと護衛ごえいするのだ」


 マルコとアルは、もはやわけがわからなくなり、同時に手で汗をふいた。

 護衛を頼みに来たはずが頼まれている。

 それでもゴードンは冷静だ。


「不充分な取引だ! 不公平ともいえる。

 では、こちらも条件を重ねよう。こちらにおわすマルコ・ストレンジャー!

 先ほどバルタザール殿の言う通り、武具、衣ともに替え時である。それを一式、見立ててもらおう」


 ゲオルクは、急ぎバルタザールとうなずき合うと、向き直った。


「取引成立だ。充分で公平といえる」


 ゲオルクが気どって宣言すると、ゴードンも満足したように深くうなづく。

 そして二人は、しっかりと互いのこぶしを握り締めると、取引の成立をたたえあった。


 炎天下の中、アルは杖にすがるように立ち尽くしたまま。

 マルコは、今決まった取引が一体どんな約束だったのか、頭を抱えて考えた。

 ふと顔を上げると、バルタザールがこちらを見ている。彼は大剣をかかげて、ニカッと笑った。


     ◇


 ゴードンは、ドワーフの精一杯の早足で、また色鮮やかな市場を通っていた。

 赤や緑のれ幕が次々とゆれる。


「次はいやし手だ。おっとその前に宿を––––」


 マルコはあわてて横に並びうったえた。


「待ってよ、ゴーディ! さっきの、あれ、結局どういう事なの?

 あの若いドワーフさんが仲間になるの?」


「貴公が得たのは、武具、古い馬車、若ドワーフ。差し出したのは、呪われた剣と……」


 ゴードンは、マルコへと真っすぐ向いて、肩をにぎった。


「あの若ドワーフの面倒をみる保障だ。

 それで、ゲオルクはしばらく肩の荷が降りる。貴公らも多少は安全になろう。これが、充分な取引だ」


 そう聞くと、後ろのアルが「そんな……」と泣くような声を出し、手で顔をおおった。

 ゴードンが首をのぞかせる。


「そうだアル! 考えてみたのだが、貴公の許嫁いいなづけ以外に、いやし手のあてはないぞ! 

 ちぎりはしばらく我慢して、貴公が頼みに行ってくれんか?」


 アルの顔に、赤い垂れ幕が張りつき、叫びの面が浮かぶ。が、彼は払う気力もない。


 マルコは「ちぎり?」と高い声をもらすと白目を向き後ろに倒れた。

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