3 アクアマリンの水色

 翌日の夕暮れ。

 ヌーラム名物の水上料理店。

 大河にせり出した甲板かんぱんに、丸テーブルがいくつも並ぶ。水面には舞台もある。


 マルコは一人、テーブルで頬杖ほおづえをついた。顔を左に向けると、真っ赤な夕日が、長く長く川に反射する。

 赤い流れは、彼を切なくさせた。


 見渡すと、様々な色の肌と髪をした人々がテーブルで談笑している。夕日が彼らを一様に赤く照らし、つながり深く、幸せそうに見せた。


 マルコはため息をつく。と、ふいに笑顔がはじけた。

 あわただしく、ゴードンがテーブルについた。


「待たせたな。他のものは?」


「……アルは、彼女を連れてくるって。

 バールとゲオルクさんも来る。

 ……ゴーディ、忙しいの?」


 マルコは上目遣いに聞いてみた。


「うむ。川上の野営地へ、明朝出立する」


「……じゃあ、最後の食事だね」


 さみしそうにマルコがうつむく。

 ゴーディははいにエールを注ぐと、それをかかげはげました。


「ハッ! なにを申す! 己の姿をよく見よ。もう……立派な戦士だ」


「そ……そうかな?」


 マルコは、まんざらでもないように、立ち上がって自らの装備をながめた。

 明るいあさい込んだ、黒金くろがね金属輪鎧リング・メイル。腕や肩、ところどころで肌は露出し、すずしくて防御に優れる。

 流線形の腰だれの下は、たけの短い穿きもの。表に出た筋肉は、きたえられていた。


「あの革鎧かわよろいには愛着があったけど、バールが丁寧に馬車にしまってくれたんだ」


 おだやかな笑顔のゴードンは、杯から一口飲んで続きを促す。

 マルコは今朝の出来事を思い出した––––。


     ◇


 ゲオルクの店内。

 薄明かりの中、おもてにない様々な宝石が陳列され、光を放つ。

 サファイアの輝く青、ルビーの赤、エメラルドの緑、そして、アクアマリンのきらめく水色。

 マルコは思わず「すごい……」と息をのんだ。


「と、トクベツだからな」


 ふり返るバルタザールは得意げだ。

 キョロキョロしたあとマルコは、ふいにたずねる。


「どうして150年間、ひきこもってたの?」


 バルタザールはつまずいて、膝に手をあて「コイツ……グイグイ来るな」と動揺した。

 しかし、気をとり直すと、背筋を伸ばし力強く言った。


「この世に、石ほど美しいものはない」


 マルコは、目の前の若ドワーフの真剣なまなざしにハッと驚く。そして、その言葉をみしめると、どうしても試したくなった。


 腰に手をやり、暗い袋に手を伸ばす。

 とば口を開き、ニワトリの卵のような黒石を出す。

 神の悪意、マリスと呼ばれるその石は、マルコの指の間で紫の光を放った。


「きみは……この石を見たことある?

 これが、僕らの旅の目的なんだ。バルタザール……くん」


 しかしバルタザールは、なんなくマルコに近づくと、その手に自らの手を重ねた。

 袋をつかむと、慎重にマルコの手を動かす。


「第三の神の石は、美しさでははかれない。

 だからこうして、かくさないと。

 ……鉱山にも、まれにあった。白も黒も、手袋で穴に落とした」


 驚愕してマルコは、されるままにマリスを袋に戻した。

 平然とする若ドワーフに、これまでの長い孤独が癒されるようで、胸が温かくなった。

涙ぐんで、マルコの視界はにじんだ。



「ど、どうした? 寸法をはかるんだろ? そ、それとマルコ、僕のことはバールでいい」


 奥へ向かう若ドワーフが、呆然としたままのマルコに声をかけた。

 はじかれたようにマルコは、「話したいことが!」と叫んだ––––。


     ◇


「うまく……言えないけど。バールは、この旅の仲間にふさわしい」


 マルコは曖昧あいまいに語った。

 それでもゴードンは、心から喜びの表情を浮かべると、エールを飲み干し、笑った。


「……マルコ。私から言うことは一つだ」


「なに?」と緊張して、マルコは椅子に腰掛ける。


「私はお会いしてないが。端村はしむらのシェリー。その者への気持ちを、大切に持ち続けると良い」


 とっさにマルコは「なに言ってんだよ! もぉ」と体をよじる。

 だがしかし、ゴードンは身を乗り出し訴えた。


「私は真剣だ、マルコ。

 マグナスを思い出せ。あの者が、神の悪意に完全に飲み込まれなかったのは、カミラへの愛ゆえだ。

 だからマルコ、他者への惜しみのない愛こそが、己を失わぬ守りとなるだろう」


 マルコの瞳は大きく開き、下を向く。

 やがて、大粒の涙があふれ出した。


「そんな風に言ってくれる人……ほかにいないよ。

 なんで……僕らを置いてくの? これからも、もっと、もっと教えて……ください」


 気持ちもあふれ出し、マルコはもう、どうしようもなかった。たくましくなった腕を上げ、目を、顔をおさえる。


 そんな彼をゴードンは、何も言わずただおだやかに見守る。歴戦のドワーフ戦士の横顔を赤い夕日が照らし、暖かく、優しく見せた。


     ◇


 しばらくして、ほかの4人が到着した。

 マルコとゴードンが口々に歓迎する。


「アル! なにやってたの? 遅いよぉ」


「バルタザール殿! さっそくマルコが世話になったようで感謝する!」


 だが若ドワーフは、伯父おじゲオルクの背中に隠れて出てこない。

 となりのアルが、後ろのバールと、マルコの姿を見比べ、思わず吹き出した。肩を震わせ、顔に手をあて忍び笑いをする。

 マルコとゴードンは不思議に思い、顔を見合わせた。


 やがて、茶髪のドワーフの背後から、黒金の金属輪鎧リング・メイルがあらわれる。


「ちょ……ちょっと待って! なんで?

 いったい何で? なんでペアルックなんだよおおぉぉぉ!」


 マルコの絶叫に一同が大笑いする。

 バールの鎧姿は、マルコと瓜二うりふたつだった。


     ◇


 一人を除いて、皆がテーブルに着いた。

 マルコと同じ姿のバールも、顔を赤らめ、こめかみを指でかいている。

 アルがとなりの女へ声をかけた。


「エラ、座ってからでもいいんじゃない?」


 声がかかった先に注目が集まる。

 真白の法衣ローブ姿。豊かな胸元には、明るい金色のメダルが輝く。それは、半月から満月にいたる途中の月のように、少し色が欠ける。

 首には幅広の首飾りチョーカー

 波打つ長い髪は水色。

 澄んだ瞳の上、額飾りサークレットに輝くアクアマリンのきらめきと同じ、水色だった。


 他の者が目を奪われる中、彼女は、深々とお辞儀をして言った。


「先にご紹介させていただきます。わたくしは、月齢は中潮の月の巫女みこ

 名は、エレノア・ウォーターハウスです。

 エラとお呼びください。

 そして、こちらの探求者、アルフォンスの妻でございます」


 一瞬で空気が凍る。


「だあああああぁぁぁぁ!」とアルは手で目をおおい、のけぞった。

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