16 寄り合い長の面目

 ルスティカ。

 なかの町の寄り合い長の部屋。


 プロピウスは、ルスティカの民を治める、寄り合い長のままだった。


 カミラを別室で休ませたあと、彼は唇に指をあてぶつぶつとつぶやいている。目は一心に宙を見据える。

 それを見てアルは、「まるで詠唱の練習をしているようだ」と思った。一字一句間違えず、漏れや隙なく、正しく発動されるように。

 一方のゴードンは、静かに見つめながら、内心、とても嫌な予感がしていた。


 ひとしきりたって、寄り合い長はぽんと手を合わせ、なにか整ったように顔を上げる。すると、バルドの方へ真っすぐに向いた。


「バルドさん。よく聞いてくださいね。今夜の一件、筋書きはこうです。

『村々の守り神』は、山賊どもの狼藉ろうぜきで山奥へお隠れになった。山賊は危険だったので、引き渡しをたまたま護衛していた青年団が成敗せいばいし、追いやった。青年団は、『守り神』の巫女となっていたご婦人方も救い出した。それで『守り神』はいなくなり、女性たちは戻ってきた。

 今夜起きた事は、ダニオさんをはじめとする、なかの町の青年団の偉業だったのです」


 バルドは口をぽかんと開き、固まった。

 ゴードンはため息をこらえ、静かに息を吐いた。

 プロピウスが念を押す。


「次の寄り合いで、あなたが説明するのですよ」


 そう聞くと、バルドは目を見開いて、声を震わせた。


「寄り合い長、あなた……いったい何を?」


 耐え切れず、小声でゴードンがつぶやく。


詭弁きべんだな……。このに及んで……」


 その場の空気を無視して、プロピウスは蜂蜜酒はちみつしゅを悠然と飲み干した。すると、ざらりと枯れていたはずの声は、朗々と張りのある声に変わった。


たみとは!」


 マルコの驚いた顔が上がった。


「民とは? わかりやすく、安らかなる話を求めるもの。いやむしろ、そうでないと聞く耳などないのです。

 いいですか、バルドさん。このルスティカ全土の人々を思い描いて下さい。この物語は必ずや歓迎されるでしょう。

 そしてあなたにも、この苦い重責を少し、味わっていただきますよ。……将来のためにも」


 そう言うと、プロピウスは口の端を上げて笑みを浮かべた。

 他の者は、誰も一言も発しなかった。


     ◇


 わずかな星の明かりで、輪郭りんかくだけが浮かぶ町は、マルコには見知らぬ場所に思えた。


 あの後、寄り合い長とバルドは何度も引き留めた。だが旅の仲間は、このまま夜明け前に立つ事に決めた。三人はそれぞれが考え、同じ感慨を持つに至ったのだ。

 もう、よそ者の出番は終わりだと。


 三人は、町の出口に向かって暗がりの中を歩いていた。

 ゴードンは、寄り合い長の部屋でした、最後の会話を思い出していた––––。


     ◇


「最後に……友と呼ばせていただけますか?

 またお話できる機会をお待ちしております。ゴードンさん」


 プロピウスがそう言うと、ゴードンは真っすぐな瞳で見上げた。


「私はそうは思わない」


 寄り合い長が辛そうに眉をひそめる。

 しかし、ドワーフは続けた。


「ですが、貴方あなたが私を友と呼ぶのは構いません。第二の民は、つながりを、決してたないのです。プロピウス殿」


 プロピウスの顔が、だんだんと穏やかになる。


「ありがとう。……もはや、私が本音を話せるのは、姉と、あなただけでしょう」


 その時テーブルの反対側では、バルドがアルに謝っていた。


「アルさん、こんな事になって済まない。あんた方こそ、英雄なのに……」


 しかしアルは、寄り合い長と座ったマルコをそれぞれ一瞥したあと、こうささやいた。


「……いや、これで良い気がする。私たちとしても……表沙汰となって、人から詮索されたくはない。

 ……だが、この埋め合わせは––––」


「なにか美味うまいもので!」


 バルドが即答する。と、一瞬の間をおいて二人の若者はほがらかに笑い合った––––。

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