14 村々の守り神
20年ほど前。
裏山の洞窟の入り口。
久しぶりに鎧をつけたマグナスは、眼下に広がる森の向こう、
雨季の晴れ間にながめる景色は、まぶしかった。
そして彼は、それを
これでもう、全ての希望が失われた。
そう思いながら、マグナスは
王都で騎士になれた時、彼はそれはそれは嬉しかった。たとえそれが、何回目だかわからない、北方の退魔制圧戦の
極寒地での行軍、不平だらけの兵の管理。戦術も何も通じない化け物との戦い。
来る日も来る日も報われぬ、ただ生き残るためだけの戦いの日々。次は誰が死ぬのか、兵はどれだけ残るのか、それだけを考え明日を迎える。
当時、王都は北の偉業に湧き立っていた。すでに大賢者と呼ばれ、
しかしマグナスにとって、それは光に照らされた一握りの人の話であって、前線の兵の辛さは何も変わらないと思った。
穴の中は深く続いていた。
若い頃、カミラもマグナスも一点の曇りなく輝いていた時。その時も入った事のない、洞窟の深みへとマグナスは歩みを進めた。
兵役に限界を感じた頃、マグナスは恩給が減るとしても帰郷する事に決めた。
「
長年の不在を棚に上げ、我ながら身勝手な話だと思う。だがカミラが迎えてくれるなら、人生をやり直そうと考えた。
ルスティカの山賊討伐にも、力になれる。マグナスは寄り合い長にそう提案もした。
しかし、カミラが彼を見限り、寄り合い長の息子との婚礼が近づくと、寄り合い長との仲も気まずくなった。
マグナスはだんだんと、
「やはり、そうだ」
洞窟の奥から、マグナスの頭の中に言葉にできない呼びかけが響いてくる。帰郷して、ここを訪ねてからずっと気になっていた。
「今の俺に、
そして彼は、
◇
神の悪意、マリスと呼ばれるその石は、ルスティカの東、裏山の洞窟の壁に埋まっていた。へこんだ壁の奥から、
「
尖った石から赤い光がはなたれ、その男の青い髪と顔を照らした。
マグナスの心の中に、一気にどす黒い感情が湧き上がる。
誰かの声が頭に響く。
「邪魔をする者は傷つけ、力の限り破壊して、思うものを手に入れればいい。
なぜならそれは、神の威光により、正しいのだから」
激しさのあまり、
だが、進むべき光明を見た思いもした。
だから、身を
絶叫し、身をよじるマグナスは、壁に生えた尖った石に、自らの頭をぶつけた。
黒い石は彼の
そして青い髪は黒々と染まり、頬には尖った
◇
乱れた白金色の髪の間から、カミラはぽつぽつと唇を動かしていた。
「彼と、裏山で暮らすようになって、何度も何度も、同じ話を聞かされました。
黒い石を見つけてから、寄り合い長の家を襲った時も、何の迷いもなかったと」
目を開く一同。
やがてアルが、遠慮がちに片手を挙げる。プロピウスと目を合わせると、彼は聞いた。
「マリス……その黒い石を頭に刺した後も、マグナスは、話ができるほど正気をたもっていたんですね?」
カミラは、魔法使いの若者に、ゆっくりと顔を向ける。
「私が……カミラだとわかる時は。
そして、他の方がカミラを演じる時……」
言葉に詰まると、カミラは口に手をあて、たえられないように
はっとしてマルコは、カミラの長い髪を見つめた。
プロピウスが、暗い目で先を続ける。
「お察しかと思いますが、マグナスは、当時の寄り合い長の一家を斬殺したのです––––」
◇
その夜、青年プロピウスは、役場の同僚と一緒に、酒場で遅めの夕食をとっていた。
彼は、この宿に泊まるマグナスのことが気になり、しきりに階段へと目をやった。
テーブルに、ドンッ! と大きな杯が置かれる。
宿の
「出てったきり。今いないわよ。あの人」
プロピウスがあわてて
その者は、キョロキョロと見回すと、急ぎこちらのテーブルに近づき、同僚にひそひそと話す。
「来てくれ。大変な事態だ––––」
◇
「とても……悪い予感がしました。
仲間と共に寄り合い長の家へ走りながら、ふとマグナスが好きだった裏山が頭に浮かんだのです。一緒に野宿をしたり、楽しい思い出ばかり。
ですがこの時は、そこで彼と会えるのではないかと、そう思いました」
そう言って、寄り合い長は杯を傾けた。
ゴードンは、その表情を静かに凝視した。一つの嘘も見逃さないように––––。
◇
夜道で同僚とはぐれたように装い、プロピウスは裏山の入り口にいた。
小道から森へ向かって、息を切らしながら叫ぶ。
「ハア……マグナース! ハァ…マグ––––」
「るせぇ。静かにしやがれ」
森の影に、屈強な鎧姿の男があらわれる。
木陰で顔は隠れ、右手の長い長い大剣に、べっとりとついた血を月明かりが照らした。
そして左手には、気を失った白金色の髪の女が抱かれていた。
プロピウスは恐ろしさにぞっとして叫ぶ。
「姉さん!」
「るせぇっつってんだろうが。いいか、プロピウス、よく聞け。俺はこれから山賊制圧の任につく」
「えぇ?」
プロピウスには何がなんだかわからない。
かまわず、マグナスは続けた。
「村々を守る役を負う。山の神さんとの約束だ。
そのために……悪いが、カミラにはそばにいてもらわなきゃならねぇ。
……勘弁な」
そう言って彼は、月の光が届かぬ陰へと、姿を消した––––。
◇
寄り合い長プロピウスが、その場の一同を見渡した。
「そうして……『村々の守り神』が生まれたのです」
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