12 雨上がり
ルスティカの裏山の空き地。
雨はすっかりやんでいた。
ゴードンは、となりで詠唱を続ける魔法使いに聞きたい事が山ほどあった。
だが、アルはずっと目を閉じたまま集中。杖のグリーが、ひときわ白く輝く。
ゴードンが不思議に思ったことには、アルの唱える声が何重にも重なって聞こえた。
ゴードンはマルコに目を落とすと、その体を白く柔らかい光りが包み、やがて顔色が良くなっていった。右手には暗い袋をかぶせ、しっかりと縛ってある。
ふうと一息吐いて、アルが目を開くと、ゴードンが間髪入れずたずねる。
「影響を……受けないのではなかったのか?
グリーも……マリスも」
アルは、つかれ切ったまなざしをゴードンに向けた。
「召喚に用いたこのグリーなら、彼を再生できる。
今の私では……とても時間がかかるけど」
「マリスは? あれは、あれは何だ?」
たたみかけるゴードンに、アルは力なく首をふった。
「わからない……。このマリスがすでに、マルコを
「どういうことだ?」
食い下がるゴードンに、後ろからダニオの声が響く。
「ドワーフ戦士さん! マルコの手当てが終わったんなら、向こうにルーシーが……」
ゴードンは手をふって返すと、低い声でアルに急ぎささやいた。
「では貴公の言葉。『父さん』とは?」
アルは観念したように息を吐くと、生気のない目をゴードンに向けた。
「キリング家は雪壁山脈の
私の一族は、古代の昔から、マルコの……マルコが持つマリスを
それを聞くと、ゴードンの表情はみるみる
「雪壁、
「戦士さまっ!」
ダニオが泣きそうな声で訴えた。
ゴードンはアルをにらんだまま、戦斧を手に立ち上がる。そして、
◇
マルコが目を開くと、星空が見えた。次に背中の振動に気づき、自分が今、荷車で運ばれているのだとわかった。
頭の上から懐かしいような声が聞こえる。
「助かるよ、ロッコ」
アルは、小柄な青年ロッコに、優しい笑顔を向けていた。
「そんな! ……何度も行ってるから」
そう言いながらロッコは、嬉しくてたまらないように顔がほころぶ。
ロッコとアルが荷車を引いて、裏山の小道をくだっている。一行は、
ロッコが、その案内人だったのだ。
マルコが頭をもたげると、後ろから荷車を押すゴードンと目が合った。
ドワーフは穏やかに笑う。
「大儀だったな。まだ休むといい」
マルコも力なく微笑み、つぶやく。
「……ルーシーは?」
ゴードンは、ニカッと笑みを浮かべると、後ろに目をやる。
「お嬢さん方は無事だ。奥の小屋から救出するのは
言いずらそうに答えると、ゴードンは鼻を指でかいた。
マルコは荷車の後ろの小道をながめた。
両端を、青年団の若者たちがキョロキョロと警戒しながら
その間には、白金色の髪の女が五人。バラバラな年代の女が皆、つかれて歩いている。
一番若く、綺麗なドレス姿の娘がルーシーだろう。マルコは「良かった」と安心した。
そのとなりを歩くダニオは、頭が真っ白になった鎧姿の男を背負っている。
長い髪が乱れた初老の女が、その男に手を伸ばす。
だがピクリとも動かないその男は、すでに死んでいるように見えた。
◇
次にマルコが目覚めたのは、寄り合い長の家の寝室だった。
ベッドのとなりに、アルとゴードンが付き添っていて、気づくと二人ともほっとした笑顔になる。
しかしなぜだか、二人の様子がいつもと違うようにマルコは感じる。それでも、半開きの扉からかすれた声が聞こえてくると、そちらの方が気になった。
薄暗い寝室の扉から灯りがもれて、向こうの部屋に何人もの人の気配がする。
◇
ゴードンが訪ねた寄り合い長の部屋は、今は大勢の者がひしめいている。
青年団一同とルーシー。そして壁際には、宿の亭主バルドがいた。皆座ることもできず立ったまま話を聞いていた。
ダニオが、裏山で起きたことをぞんざいに報告する。
すると、意外な事に寄り合い長プロピウスはねぎらいの言葉をかけた。
「それはそれは大変でしたね、ダニオさん。まずは無事で何より。こんな夜更けですが、あなたにはもう一つお願いがあるのです」
ダニオは驚いて、「え?」とまばたきした。
プロピウスが続ける。
「無事に帰るまでが偉業です。青年団で、ルーシーを送り届けてもらえませんか?
そして各自、ちゃんと家に帰るように」
狭い部屋で歓声があがった。
てっきり
「わ、お、お安いゴヨウですっ!」
となりに輝く笑顔のルーシーが寄り添う。顔を赤らめてダニオの手をつなぐと、下を向いた。
周りの若者が口々にはやす。
片手を挙げたバルドが歩み寄ると、ダニオは
そして兄弟は、久びさにお互いの手のひらを叩き合った。
ダニオとルーシー、青年たち、最後にバルドが戸口をくぐろうとする。
と、プロピウスのかすれ声が響いた。
「バルドさん。あなたには、まだ残ってもらいますよ」
ふり返ったバルドは、たれ目を細め、寄り合い長プロピウスを見つめた。
◇
寄り合い長の部屋のテーブルに、
「友人からのいただき物なのです。
皆さんお好きな方を、どうぞ」
プロピウスはそう言うと、ゴードンに目配せした。ゴードンはわずかに片眉を上げる。
そしてプロピウスは、手に持つ杯を大事そうに、椅子に座る初老の女に渡した。
「姉さん、温めた
女は、たどたどしく杯を受け取る。
マルコは、長い白金色の髪の間からわずかにのぞくしわだらけの顔と、死んだ目を見た。
プロピウスは、アルとマルコとゴードンに向かって、うやうやしくお辞儀をした。
「姉のカミラをお救いいただき、そしてマグナスの遺体をここへ運んでいただき、心から感謝を申し上げます」
そう言うとプロピウスは、壁際のバルドを
「ご不明な事ばかりかと、お察しいたします。ここからは、大人の時間です。
すべて、お話することにいたしましょう」
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