8 光の幕の向こう

 時を戻し、引き渡しの前日の晩。

 なかの町のバルドの宿。


 客室で、ゴードンとマルコは言い合いをしていた。


「正体は寄り合い長の友だ!

 生贄いけにえに、白金色の髪の娘が選ばれる事も、何か理由がある」


「だけどゴーディ。その人は町で人を殺して逃げたんでしょう?

 偉大な騎士の可能性だってあるよ! 山賊をおさえる『村々の守り神』なんだから」


 そんな調子で争う二人を尻目に、アルは杯を手にしてぶつぶつとつぶやく。

 マルコとゴーディは彼を巻き込んだ。


「アルはどう思う?」


「そうだ。貴公の智恵ではどうだ?」


 アルは心ここにあらずの様子で、顔をあげた。


「……私は、どちらでもあるような、どちらでもないような」


 とポツリ答えた。

 ゴードンとマルコがあきれてたたみかける。


「もしや、そなた……」


「……そうだよ。またその、岩鬼トロール

 とか言わないよね?」


 マルコの言葉に、アルははっと顔をあげると、我に返って二人に顔を向ける。


「20年だよ……。ただの人間がそんなに長く恐れられ、供物くもつを受けられるだろうか?」


 アルの疑問に、二人とも目を開いて答えられないでいた。

 やがて、ゴードンがおだやかに問う。


「アル。貴公は、マリスの関わりという考えを捨てきれんのだな?」


「私だって、自信があるわけではないんだ。ただ、長い間、人を狂わせるものというと、神の悪意の石がどうしても頭から離れてくれない」


「少々、過敏になっておるのではないか?」


 ゴードンのなぐさめに、アルは蜂蜜酒はちみつしゅを傾けるばかり。

 だが、気を取り直したように立ち上がると言った。


「いずれにせよ……もう後戻りはできない。まずはバルドの望む通り、ダニオと青年団を守ることにしよう。

『守り神』の正体は、そのうえで」


 ゴードンもマルコも強くうなずいて同意し、その場はまとまった。

 しかしマルコは、頭の中で、アルの言葉が引っかかっていた。


「マリスの石は、人に悪い影響を与える。

 それで死ぬ事もある。

 だけど『長い間、人を狂わせる』ってどういう意味だろう?

 ほかにも何か……、力を及ぼすのかな?」


     ◇


 裏山の小道に、マルコが飛び出した時。

 先ではダニオとゴードンが、松明たいまつを持つ山賊たちと剣を交えていた。

 マルコもあわてて駆け出すと、不意に背後から、白く柔らかい光が照らされる。

 マルコは今度は、あわててうしろをふり返った。


退け! 山に住まう賊どもよ! なんびとも、この神の善意の光には逆らえぬ!」


 アルが良く通る声でそう発すると、杖の先で光る神の善意の石、グリーがひときわまばゆい輝きを放った。

 彼の背後には、青年団の若者たちがいる。

 ほうけた顔から、まぶしさのあまり次々と目を閉じ、顔に手をかざした。


 昼間のように照らされた森の小道で、十人ほどの山賊の姿があらわになった。ボロ布の上に革鎧や鱗状鎧スケール・アーマーを着るものもいる。

 彼らもほうけたように光を見つめ、たちまち戦意を失った。

 だが、ひとり大きな男が声をあげる。


「へっ! あんなもん何でもねぇ––––」


「魔光の矢!」


 アルの声がすると、青白く光る矢が弧を描いて大男の顔にまともに当たり、はじける。

「ギャ?」と男は変な声をあげて倒れると、気絶して動かなくなった。

 山賊たちはおののき、震え声をもらして、やがてそれぞれが小道の先へと逃げ出した。

 ダニオがそれについて行く。

 ゴードンは「先駆けするな!」と、彼を呼び止めようとしていた。


 マルコは、駆け寄るアルに感嘆の声をかける。


「やったね! グリーは矢も放てるの?」


「矢は巻物スクロール。ハッタリだよ」


 アルはそう言って、マルコに片目をつむってみせた。


     ◇


 グリーの白い光が照らす小道を、マルコと一行は小走りに登っていた。

 先頭を走るダニオの髪が、光に照らされて黄色く輝き、跳ねる。

 それを見ながらマルコは、ダニオが心を寄せるルーシーという少女がどんな娘なのか、まだ無事なのか、様々な思いが胸を駆け巡った。


 気づくと一行は、小道からひらけた空き地に着いた。

 ダニオもマルコも白い息を吐き、髪をらしている。


 雨が降り出していた。

 降りしきる雨が、グリーの光を反射し縦のすじとなって輝く。次々と地に落ちるすじは光の幕となって、空き地の奥をかくし、見えづらくする。

 遠くに、松明たいまつらしきあかりがちらちらとれる。


 奥の闇を切り裂く、少女の悲鳴が響いた。


「くそがっ……!」


 飛び出そうとするダニオを、ゴードンが後ろから羽交い締めにする。しかし次の瞬間、力が抜けたようにダニオは膝から崩れ落ちた。

 杖をかかげるアルが、恐怖の声をもらす。


「あぁ! ……まさか、まさかそんな事が」


 彼のれたほおには、黒々ととがった刺青いれずみが浮かび上がる。


 マルコは、ダニオとアルの間から前へと進んだ。腰につけた暗い袋が、ブブブブブ……と震えている。

 マルコにもわかった。


「ああ……。神の悪意が、近づいて来る」

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