6 土砂降りの雨

 柵で囲われた空き地に、土砂降どしゃぶりの雨がふっている。

 訓練所の倉庫から見る地面は、白いもやがかかりぬかるんでいた。


「マルコ! ちょっと、こっち来いや!」


 背後から声がしたので、マルコはふり返りあわてて駆けた。


 倉庫の中は、柱の間に荷箱や積まれたわらがあるくらいの、がらんとした空間だった。

 奥の片隅に小さなテーブルがあり、ダニオを囲んで志願兵の若者たちが集まっていた。

 マルコが近寄ると、ダニオはたれ目を開き興奮して話しかけた。


「引き渡す時がわかった! 明日の日の入りらしい。……だよな? ロッコ」


 ダニオは目を細めてとなりの小柄な若者を見つめる。

 ロッコと呼ばれたその若者は、おどおどと答えた。


「……う、うん。たぶん……間違いないよ。毎月の食料を寄り合い長のとこに運ぶって、ち、チャーリーおじさんが––––」


「わかった! ……というわけだマルコ」


 ダニオは、情報源であるロッコを一瞥いちべつしたあと、マルコに目をやった。

 マルコはダニオの心中に気づき、はっきり答える。


「わかった。明日の日の入り前に、裏山の入り口へ行くよ。僕もみんなを手伝う」


 それを聞くと、ダニオは会心の笑みを浮かべ、叫んだ。


「共に戦おう、みんな! 年寄りどものひっでーしきたりなんざ、俺らの力で変えてやるんだっ!」


 その場の空気が熱くなり、若者たちは腕を上げ歓声をあげる。倉庫の隅に、若者たちの高揚した声が響いた。


     ◇


 大雨の中、がらんとした倉庫で、若者たちは木刀を打ち合っていた。

 ぼんやりとながめるマルコのとなりから、張りのある声がかかる。


「どうした? 考えごとか?」


 ダニオがたれ目を細め、探るようにマルコを見ている。

 マルコはぼんやりしたまま答えた。


「別に……。いや、そうだダニオ。引き渡す相手のことは何か知ってるの?」


 ダニオは驚いたように目を開くと、顔を横に向ける。


「……いや。なーんも」


 今度はマルコが驚いて目を開き、髪黄色い青年の、幼い横顔を見つめる。

 ダニオはばつが悪そうだった。


「おめー……相手が強えんじゃねえか、とかビビってんだろ? でも関係ねー。どうせ、山賊だ」


 マルコは無言でそれを聞いた。

 沈黙にたえられなかったのか、ダニオは、意外な事を語りはじめる。


「……こんな田舎で剣を訓練したところで、とか思ってんだろ? どーせ。

 でもな、こんなとこでも昔、偉大な騎士になった男がいるんだ」


「……へぇ」


 マルコは内心とても気になったが、ダニオへおだやかな笑みを向けた。

 ダニオは、ほっとした様子で先を続ける。


「こういう話、好きか? やっぱ、おめー、剣士だな。その人はな、ここでみんなと訓練したあと、王都へ行って、見事騎士になったんだ––––」


 ダニオによると、「なかの町の偉大な騎士」は、王都の北方や西方の戦で大活躍をした。

 そして、青年期の終わりに帰郷すると、人々から大歓迎を受けたのだ。

 その騎士の話をする時、ダニオの目はキラキラと輝き、夢見る少年そのものだった。

 ダニオが話し終えると、マルコはたずねてみた。


「……それで、その人は帰ったあと、どうしたの?」


 とたんダニオの顔はくもり、下を向く。


「一人で山賊討伐に行って……死んだ」


「一人で? ……戻らなかった、って事?」


 マルコがそう問いただすと、ダニオは曖昧にうなずいた。そして、少しずつ熱を帯びながら、語り出す。


「考えてみると……一人で山賊に立ち向かうなんざ、バカだ。俺は、同じ事はしねー。仲間と一緒に、あの騎士のかたきもとってやる!」


 熱く話し終えると、ダニオは拳を握りしめ決意を新たにした。じっとしていられなくなったようで、「俺もまぜろーっ!」と若者の輪に向かい駆け出した。

 マルコは「昔、山賊討伐に向かった騎士」の事を考えた。そして「仇討かたきうち」とつぶやくと、心の中では別の可能性を考えていた。


     ◇


「私だけ、収穫なしなんだよねー!

 もう本当まいっちゃって」


 なかの町の宿で、アルがカウンターに座っている。バルドにこれまでの報告をしたあと、ぼやいていた。


 外は土砂降りの雨。食堂には他に客もおらず、気だるい空気をかもしていた。

 バルドはガラスの杯をふきながら、口もとは微笑していた。


「それを依頼者である私にこぼすのも、アルさんらしいよ。アルさんの調査でも、なにか一つでもわかった事はないの?」


 アルは蜂蜜湯はちみつゆが入った杯を両手で握り、恐るおそるつぶやいた。


「……岩鬼トロール


「……トロール? 何それ」


 バルドは、岩鬼トロール自体をよく知らなかった。

 なのでアルは、岩の肌を持ち、人の倍ほどある巨大なけ物が、今でも北方にいることを説明した。

 そしてアルが、その言葉を小さな男の子から聞いた事を白状すると、バルドは寛容なことに笑い出した。


「ハハッ! 北には、そういう魔物がいるかもしれないけど……。

 ここらでは聞いた事ないね。

 その子はきっと、絵本で読んだか、大人に昔語むかしがたりを聞いたのかもしれないね」


 アルは杯に目を落としたまま、返事をしなかった。

 そして上体をだらしなくカウンターに突っ伏すと、途切れのない外の雨の音を聞いた。

 しばらく雨音だけの時間が流れ、やがて、バルドの鼻歌が混じった。

 それも終わると、バルドはこうつぶやく。


「男たるもの、かくあるべし。岩のごとく、固い意志。だけど時には頑固もの」


「……なにそれぇ?」


 寝そべった首を回し、アルが聞いた。

 バルドは自分でも驚いたように、たれ目を開く。


「思わず出ちゃって。前に誰かに聞いた気がするんだよね。昔、そういう、ちゃんとした立派な人がいたらしい」


「ふーん」とアルが相槌あいづちを打って、その話は終わった。


 しかしのちに、アルがこの町での顛末てんまつを思い返す時、必ずこの時のバルドのつぶやきと途切れない雨の音が、頭の中によみがえった。

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