4 三者三様

 ルスティカに一人の、寄り合いをまとめる代表の部屋は簡素だった。

 飾りのない四人がけのテーブルに、お茶が入った杯が二つ置かれている。


 ゴードンはそれに口もつけずに、目の前のせた壮年の男と向かい合う。

 若白髪で老けて見える男は、プロピウスと名乗った。

 彼は枯れてざらりとした声で、ゴードンに答える。


「何度申されても、お話しする事はございません」


 ゴードンは同じ問答にうんざりして、主義に反して権威をふりかざしてみた。


「では、王都にて審問官の派遣を要請せねばなりますまい。この辺りの良からぬ因習は、報告されておるので」


「……誰から?」


「それは関係ござらん。ゆえに申せません」


 ゴードンのはっきりした応答に、寄り合い長はくぐもった含み笑いをした。


「ふふ……。こう言っては何ですが、ドワーフの皆様は不思議ですよね。洞窟の暗がりを好むのに、心の中には闇がない」


 プロピウスの探るようなまなざしを見て、ゴードンは心で「苦手な手合てあいだ」と毒づいた。

 しかしなんとか語りを引き出すため、話を合わせてみる。


「ドワーフにも悩みや後悔はあり、闇への関心もあります。例えば……貴方が秘める闇とはなんであろう?」


「……例えば、本当のところ私は、寄り合い長になど、なれるはずもなかったのです」


 そう言って寄り合い長プロピウスは、さもおかしいかのように、一人くぐもった笑いをもらした。

 ゴードンはこらえるように静かに息を吐くと、長丁場ながちょうばに備えてお茶の杯を取った。


     ◇


「次っ!」


 柵で囲われた空き地にダニオの声が響く。

 マルコは息を切らしながら、小ぶりの木刀を持つ手でひたいの汗をぬぐった。

 背後の柵では、若者が3人、腕や腹に手をあて座り込んでいる。


 マルコの前に、自信たっぷりの大柄な若者が現れた。

 ダニオの「はじめ!」の合図と同時に、若者は重そうな木刀をふり上げる。

 ブンッ! と風をうならせ、木刀はマルコの脳天に落ちた。と思われた瞬間、マルコは相手の右に踏み込む。体をねじり、返す刀を構えた。

 若者は、先ほど見た迅速な反撃に備える。右手の木刀そのままに、左手の大きな木製盾を強く握りしめた。


 その時ダニオは、にわかには信じられない動きを見た。


 木製盾に密着したマルコは、時計回りに身体からだを回転させて一回転。

 回る視界に、若者の驚く顔が横に流れる。

 足下の木刀をよけ二回転。あっという間に若者の反対側に回りこむ。と、がら空きの脇腹わきばらに、勢いのまま一撃!


「ぐふっ……!」


 若者は、思ってもいない体の反対側に、まともに痛みをくらった。

 大きな身体からだは崩れ、ひざまずくと、両手で右の脇腹をおさえる。


「そこまで!」


 黄色い髪をはねさせ、ダニオが駆け寄る。かたわらにしゃがみ、若者の傷を見た。

 他の若者たちも、あわてて駆け寄る。


 マルコは息を切らせながら、その場で立ち尽くしていた。

 しゃがむダニオは、「南方剣術か……」とつぶやいた。勢いよく立ち上がると、ふり返ってマルコに引きつった笑顔を向けた。


「4人抜きかよっ! やるじゃねえか!

 次の相手は、このオレだ!」


 マルコは息を継ぐばかりで、答えられなかった。

 ダニオは、たれ目を細め、なおもすごむような笑顔を見せる。


「……ああ、休憩していいぞ。だが剣では……お前の思うようにはさせねえ」


「……ハア……ハァ……それはどうも」


 マルコは答えながら、ダニオの強い視線から目を離せないでいた。


     ◇


 勝負は、一瞬でカタがついた。


「こないんなら、こっちから行くぜ〜」


 とダニオは軽口をたたき、雑に木刀をふり下ろす。

 当たる直前、マルコは盾が下がったダニオの右に踏み込んだ。

 瞬間、ドンッ! と強烈な衝撃で、マルコはひとっ飛びして地面に叩きつけられた。

 彼は何が起きたかわからず、くらくらする頭をもたげた。ぼんやりと見える。がっちりとした肩の前に盾を構え、ダニオがこちらを見つめていた。


「ヒューッ! さっすがダニオ!」


「盾殴り決まったーっ!」


 周りの若者が歓声を上げ、次つぎとダニオに駆け寄る。

 彼は若者たちに満面の笑顔をふり巻くと、上機嫌でマルコの元へと歩み寄る。


「ったく、ワンパターンだよなぁ。南方剣術はよく動くが、読まれるとあとがない」


 そう言われても、マルコは曖昧あいまいにうなずくだけだった。

 くもり空の下、ダニオは笑顔を輝かせた。


「でも、お前いいぜっ! 戦力になる!

 訓練して、一緒に強くなろうぜっ!」


 そう言われてマルコは、「あれ?」と悪くない気持ちがした。

「実は、いい人?」と思い、ダニオが差し出す手を握ると、立ち上がった。


     ◇


 なかの町から街道をしばらく戻り、バルドに聞いた民家の前で、アルはたたずんでいた。


 生贄いけにえにされるという娘の家に来たものの、「話を聞きたい」と言ったとたん、けんもほろろに玄関から閉め出された。

 扉の隙間から見えた、灰色髪の中年女––––おそらく母親だろう––––は黒ずんだ目のくまの下に涙の跡を光らせていた。


 アルはなすすべもなく、両腕を上げ、のびをしながら家の周りをぶらぶらとした。

 ふと柱の陰から、金髪の小さな男の子が、こちらを見ている。


「やあ。こんにちは」


 アルは微笑みを浮かべると、背をかがめ、ゆっくりと男の子に近づいた。

 男の子は、口もとに手をやり不安げに話す。


「……おじさん、だぁれ? おねえちゃんをむかえにきたの?」


「違うよ。おじさんはね、教えてもらいに来たんだ」


「なぁにを?」


 あどけなく男の子がたずねる。

 その子の前でアルはしゃがみこみ、優しい笑顔でだめもとで聞いてみた。


「……そうだねぇ。君のお姉さんは誰のところへ行くのかな?」


「ぼく、しってるよ! むこうの山!」


「そう。向こうの山なんだ。そこには誰がいるんだろう?」


「ん……トロルがいるよ」


 アルはぎょっとした顔で聞き返した。


「トロル? ……岩鬼トロールのこと?」


 その時、裏から長い髪の影があらわれた。


「ルカ! 何やってんの! 知らない人とは話しちゃダメって言ったでしょ!」


 白金色の髪をふり乱し、少女は男の子の手を乱暴に引っぱると、そこから離れた。


 アルがふり向いたとき、玄関に入る少女の美しい横顔が見え、引っぱられる男の子とは目が合った。

 そして向こうには、青々した緑がこんもりとした森。

 その上には、もう一雨ひとあめきそうな、曇り空が見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る