3 バルドからの頼まれごと

 ルスティカの宿。

 一等客室の暖炉だんろで、勢いのある炎が火花を散らせている。

 炎がゆらめき、驚いたドワーフの顔と長くたれる髭を照らし、輪郭を黒くした。


生贄いけにえとは……ずいぶんと古びた悪習だな」


 ゴードンがただす。

 マルコは、ゴードンとアルの顔を見比べ、何が語られるのか聞こうと黙った。

 アルが語り出す。


「この辺りの土地は広大で、昔から食料も豊富で、山賊などの野盗に狙われるのが長年の悩みだったそうだ……。

 ところが20年ほど前、野盗どもを抑える『村々の守り神』が現れた」


「……何者なんだ?」


「わからない。ただ、それ以来、山賊がこの辺りを襲う事はなくなった。村々は感謝のしるしとして、毎月食料を『守り神』の使いの娘に渡している。

 そして……、5年に一度、その使いとなる娘もささげている」


「その人はどうなるの?」


 たまらずマルコは口をはさんだ。

 アルが沈んだ目をマルコに向ける。


ささげられた年から5年は使いとなる。それから先は……誰も知らないそうなんだ」


 マルコとゴードンは、アルを見つめたまま力が抜けるように息を吐いた。

 アルが続ける。


「次でもう4人目だ。決まって白金色の髪の娘が選ばれる。ルーシーという農家の娘だ。

 バルドからは、生贄いけにえのしきたりをなんとか止められないか、と頼まれた」


 そう言ってアルは、マルコの膝にのる暗い袋に、さりげなく目をやった。


     ◇


 ひと時、客室には暖炉の火がパチパチとはぜる音だけが響いていた。


 マルコは、こんな険悪な様子のアルとゴードンを見るのは初めてで、身を縮ませた。

 ゴードンが何度目かの野太い声をあげる。


「だから、不義理であろう! 我らはすべきことを為すべきではないか?」


「ゴードン、聞いてほしい。これがただの野盗の問題でなければ、もし神の悪意、マリスが関わってる事なら、私たちの手に余る事態かもしれない」


「王都を、この地を守るため、我らは既に身をささげる誓いをしておる」


「今はそうはいかない。

 マルコが持つ石を王都に届けて、私はマルコを無事に帰さなきゃいけない」


 必死で話すアルの姿は、マルコには冷静に見えた。

 しかし、アルとゴードンが同時にこちらをにらむと、マルコ自身は緊張して、空になった杯を無駄に傾けたりした。


「……あの、僕が思うのは……」


 アルとゴードンは鋭いまなざしで、同時に「うん、うん」とうなずく。


「……僕は、本当は何が起きているのかを知りたい。……まずは、いろいろ探ってみて、それから決めない?」


 マルコは最後は明るく提案してみた。

 だが、アルとゴードンは向かい合いなおもにらみ合う。

 なので、マルコは引きつった笑顔で言ってみた。


「どこから調べればいいかな?」


 マルコの問いに、二人は同時に即答。


「もちろん娘がいる農家だっ!」

「寄り合い長が順当であろう!」


 そう発すると、アルとゴードンはさらに歯ぎしりをしてにらみ合う。

 マルコは目に手をあて、ため息をついた。


     ◇


 ルスティカの中心地であり、一軒の宿がある集落は「なかの町」と呼ばれた。

 通りは、市場で家畜や食糧の取引にのぞむ人の往来が絶えない。


 雨が止んだ昼前。

 マルコとアルは、なかの市場の裏手にある訓練所に向かっていた。


 そこに、亭主バルドの一番の心配事があった。彼の話だと、村の青年団が『守り神』に直談判じかだんぱん、それがかなわなければ、討伐するつもりなのだ。そのため、青年団は剣の訓練をしている。

 それを主導しているのが、バルドの弟の、ダニオだった。


 アルは、歩きながらいらいらと杖をふり、マルコにこぼす。


「頑固なドワーフにはうんざりだ! 王都に務めるゴーディまであんな調子だとは」


「……アルも充分やり合ってたけど」


 マルコが返すと、アルはすごい勢いでふり返った。なのでマルコは、あわてて手のひらを彼に向ける。


「いや、すごく心配してくれてるのはわかったよ。どこかにマリスがあるなら、僕が回収しないわけにもいかないしね……」


「待った、マルコ。君はなにもアルバテッラ中のマリスに責任を持つ必要は––––」


 とその時、アルの背後から、威勢のいい張りのある声があがった。


「ちーっす! おっさんら、兵の志願に来たのか?」


 アルとマルコはキョトンとして、声の主を見た。

 柵の向こうから、ひときわ目立つ青年と、その背後で数人の若者がこちらを見ていた。


 真ん中に立つ青年は、明るい黄色の髪を輝かせ、たれ目を見開いている。顔は少年のようにあどけないが、傷だらけ。そでのない上衣から出る、似つかわしくない太い二の腕を組んでいる。


 マルコは「彼が、あのバルドの弟?」と意外に思った。

 アルも同じ事を聞いた。


「あ……君がそのー、バルドの弟?」


「あんなもんアニキじゃねぇ」


 青年はそう吐き捨てた。

 アルとマルコは、困ったようにもじもじとして顔を見合わせる。

 黄色い髪の青年はたたみかけた。


「オレは青年団長のダニオ!

 それで? どっちが志願兵だ?」


 アルは、間の抜けた顔でそれに返す。


「あ。この人です」


 と、マルコの肩を押して前に出した。

「え? ちょっと!」とマルコが顔を向けるが、アルは彼の耳元で、「苦手なタイプだ。ここの調査は任せた」と急ぎささやく。

 そして杖をふりふり、さっさと歩き去ってしまった。


 マルコが恐るおそるふり返ると、ダニオがたれ目を細めてじっとこちらを見ていた。


「お前……いい目してるな!

 それじゃ、さっそくお手並拝見だ!」


 マルコは上目遣いで彼を見て、「僕にも、苦手なタイプだよ」と心でつぶやいた。

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