2 ルスティカのしきたり

 曇り空から差し込む日の光が、夕べの雨にれた王都街道の石畳を、まぶしくかがやかせていた。


 先日の山火事未遂みすいのあと、すっかり気を取り直していたアルは、陽気な声を上げる。


「マルコ! ルスティカは養豚ようとんも盛んだ。町で美味しい豚丼を食べよう! 私はお米には豚肉が一番合うんじゃないかと––––」


「いいね! ところでゴーディ! ドワーフも豚肉は好きなの?」


 マルコはすかさずゴードンに話をふった。

 ゴードンは、ぶつぶつ答える。


「ん? むろん私は好きだ。ううむ……ドワーフは肉は好きだが養豚ようとんはせんから––––」


 やがて、ゴードンとアルは「ドワーフは養豚ようとんをするべきか」大激論をはじめた。

 マルコは、アルの長話をうまく流すわざを身につけてきた。


     ◇


 昼間の街道を歩く徒歩の旅は、のどかなものだった。

 一帯はルスティカと呼ばれる農村地帯で、街道の東、右は広大な畑と牧草地が広がる。

 柵で囲まれた草地には、寝そべる豚や犬が追う羊の群れが見える。民家や人の姿もまばらにある。遠くからでは、彼らは平和にのんびりと働いているように見えた。


 ふとマルコは、こちらに向かって大きく手をふる金髪の小さな男の子に気がついた。

 嬉しくなって、彼も手をふり「オーイ!」と呼びかける。

 男の子は喜んで跳びはねた。だが、となりの姉らしき少女が男の子の手を引く。

 姉弟きょうだいは小屋へと歩き去った。

 マルコは、白金色で長い髪の少女が、ずっとうつむいていた事が気になった。


     ◇


 かしのテーブルに、ドンッ! と大ぶりなわんが置かれる。

 マルコがのぞきこむと、わんには分厚い豚のばら肉がしきつめられ、白っぽいタレがかかっている。隙間すきまからは白い飯がのぞく。

「これは美味しそうだ」と、マルコは笑みがこぼれた。

 アルが目を閉じ、得意げに話す。


「この辺りの豚ちゃんは自由に放牧されのびのび育てられている。それが最高のお肉の味を––––」


 それを無視して、ゴードンはひとしきり、「––––日の神よ。今日の食事に感謝します」などと太い指を組んで祈る。

 それが終わるとさじを取り、上品にそして無駄なく食べはじめた。


 マルコが戸惑っていると、青い長髪を後ろでしばる男の亭主がこちらを見ていた。

 目尻を下げて人懐ひとなつこい笑みを浮かべ、片方の手のひらを上にして、あたかもマルコに「どうぞ」とうながす。

 マルコも微笑みを返したあと、すぐにもりもりと食べはじめた。久しぶりに、まともな食事だった。


 アルは目を開いて、先に食べてる二人の姿に驚くと、自分もあわててさじを取った。


     ◇


 ルスティカに旅宿は一軒しかなかった。

 亭主はバルドと名乗り、二十代に見えた。

 彼は空のわんを片付けながら、アルに気安く話しかける。


「アルさん、また来てくれて嬉しいよ。この豚丼よっぽど気に入ったんだね」


「え! いやー、このあいだは急ぎの用事があって、そのついでに……」


 アルはあせった顔で、マルコをちらちらと見ながら答える。

 マルコは、じとっとアルを見ながら「このあいだって、このあいだ?」と思った。が、追求するのはやめておいた。

 バルドは、マルコとゴードンを見ながら続ける。


「頼もしそうな友人さんだね。

 今回はいつまで泊まるの?」


「そ、そうそう!

 私たちは王都へ向かう途中なんだ。急いでるんだけど……」


 とアルが窓へ顔を向ける。

 ゴードンが先を続けた。


「本格的に降り出したな。我らも疲れておるし。アル、しばらく滞在させてもらってはどうかな?」


 マルコも窓へ目をやると、しずくが次々とガラスにあたり、向こうの景色は薄白いもやでかすんでいた。

 気づくと、アルとゴードンがマルコをじっと見ている。

 マルコも滞在に賛成した。


「……そうだね。早く行きたいのはヤマヤマだけど、こんな雨の中歩くよりはね」


「良かった! そうとなればアルさん。

 ちょっと相談があるんだけど」


 青髪の亭主バルドはそう言うと、人懐こかったたれ目がきつくなった。けわしい目でアルに目配せして、厨房の裏を指さした。


     ◇


 その夜。

 旅の三人は、立派な暖炉だんろがある上等な部屋でくつろいでいた。

 亭主バルドが「これ、おまけ」と言って蜂蜜酒はちみつしゅと果汁入りの蜂蜜湯はちみつゆを運んでくれた。

 三人は暖炉を囲んで、飲み物を手にアルへの依頼を話し合った。


「気づいてるとは思うけど……厄介な頼まれごとがあって……」


 アルがこう切り出すと、蜂蜜酒はちみつしゅで勢いづいたゴードンが応じる。


「あの亭主に攻められていたな!

『豚丼おいしい美味しいって食べたでしょ』とな? ホホッ! 戸口の奥で、バッタのようにペコペコ頭を下げる貴公が見えたぞ!」


 アルがじとっとゴードンをにらんだ。

 蜂蜜湯はちみつゆの杯をあげながら、マルコも陽気な声をあげる。


「これも本当にうまいよ! ここまで良くしてもらうと断りづらいね。

 いったい何を言われたの?」


 しかしアルの表情はさえないままだった。


「本当に厄介なんだ。この辺りはいくつかの集落の代表が集まって、『寄り合い』という話し合いで決め事をするんだけど……」


みやこから離れた地では、よくある事だ」


 ゴードンが蜂蜜酒はちみつしゅの杯を旨そうにかたむける。

 アルは、暖炉の火に目を落とし続けた。


「今年も、『村々の守り神』へ、娘を生贄いけにえささげる事が決まった。

 5年に一度のしきたりらしい」


 マルコとゴードンは、杯を手にしたまま、動きが止まった。

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