25 混沌の祭が明けた時

 松明たいまつの灯りが照らす、テンプラム神殿。

 その大きな扉を、マルコはくぐった。


 元の姿に戻ったアエデスとアルが先導し、となりにはゴードンもいる。

 周囲には、剃髪ていはつの美青年に戻った、神官たちも従う。

 一行は神殿中央の敷物の上を進んで歩く。


 やがて、奥の四角い台座に到着した。


「……マルコ、見てごらん。

 これが……、ここのご本尊ほんぞんなんだよ」


 アルが呼びかけた。

 マルコは近づいてそれを見ると、息を飲んだ。



 台座の上には、大人の頭二つ分ほどの、大きな石があった。

 その石は、右端にグリーの白い輝きを放つ部分と、左端にマリスの漆黒しっこくの部分がある。

 二つの色の間を、玄武岩の暗い灰色がつないでいた。



「これは……!」


 マルコが言葉に詰まっていると、アエデスが語り出す。


「混沌石。見ての通りじゃ。

 一つの石に、神の善意と悪意の両方の力を含んでおる。互いに相殺し、すぐに人に力を及ぼすことはない。

 だがの……、均衡きんこうをたもつため、周期がめぐるごとに、その力を入れ替えてやる儀式をするのよ。

 それが、テンプラム祭」


「あの! あのディオニソス神は、ひょっとして……?」


 あわてながらマルコが聞くと、アエデスが顔をくしゃっとさせて笑った。


「秘密。……というわけにもいかんな。おぬしのおかげで無事に終えたのだから。

 そう。この石に宿る神を、お主らのマリスとグリーの力も借りて召喚したのよ。実際にお越しいただいたのは、およそ50年ぶりのことじゃ……」


「普段は……あの作り物の舞で、お茶をにごしてますからねぇ」


 飄々ひょうひょうとちゃちゃを入れるアルを、アエデスが目を細めてにらむ。


「……。普段の祭りも決してあなどるでない! 混沌石の気だけでも、充分に人を惑わせる。

 ……ただのぉ、まさかあれほど巨大な姿をとるまでに、祭神が均衡きんこうを失っていたとは。

 わしの目もくらんでおったよ。今年、儀式ができなければあやういところであった」


 そう言うとアエデスは、マルコとアルに向けて小さな背を曲げ、ぺこりとお辞儀をした。


 マルコはあわてて彼女の手をとり、顔を上げてもらう。


 アルはおどけてふんぞり返り、ゴードンはあきれてそれを横目で見ていた。


 しばらくの間、マルコは混沌石をいろんな角度からながめたあと、一同に質問する。


「最後の一撃……、あの爆発の時、いったい何が起きたの?

 神さまはこの石に戻ったの?」


 アエデスもアルも、戸惑うように顔を見合わせた。

 ゴードンが、静かな眼差しで淡々と語る。


「私は第二の民ゆえ、第三の神に由来する光や音を感じることはできない。

 見たことといえば、あなた方3人が、棒であの巨人……失礼、混沌神をたたいたこと。

 それから、巨大な混沌神が震えるように縮んでいき、やがて風のようにこの神殿の中へ吸い込まれたことだけだ」


 ドワーフが語ると、周りの神官たちがざわざわと話し出す。その時のことを思い出したようで、彼らは自らの肩を抱いたり、祈りをつぶやいた。


「まあ、前とは比べものになりませんね。

 真の神追い……。それが、こうも命がけだとは……」


 アルが神妙な顔をして言った。

 アエデスが応じる。


「だからこそよ。入れ替えのさなか、立ち会う人は生まれ変わる事ができる。

 祈りを託す事ができる」


「いやもう本当に……、とんでもない目にあいましたよぉ!」


 アルが情けない声をあげると、一同はなごやかにわらった。

 マルコは油断して、つい余計な一言が出てしまった。


「ハハハ……。でも変わったままでも良かった、ってこともある、かも……しれ……」


 アエデスとアルがものすごく怖い顔でにらむので、マルコは下を向いて最後をにごした。

 ゴードンは、飾りのない穏やかな笑顔で、その様子を静かに見つめていた。


     ◇


 テンプラム神殿を出た時、神追いの一行はこれまで見た事のない、まばゆい光景を目にした。


 正面の遠くの山から、今まさに日が昇る。白む空の下、参道では、祭りに参加した千もの人が涙を流し、笑顔で喜んでいた。


 人々の様々な髪の色が、朝の光を反射している。

 壮年の男に戻った旦那衆が、ほこりまみれの富者たちと手を取り合い、抱き合う。

 泥で汚れた顔の淑女と、同じく泥まみれの紳士は、お互いを見て笑い合う。

 そして抱き合うと、涙を流した。


 老いも若きも、女も男も、財を持つ者もそうでない者も、やがて混じり合う。

 そして様々な色となって、世界をかがやかせていた。

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