22 混沌の祭 神追いの勝機

 マルコは、参道の土煙の向こうに長身の影を見つけた。彼は変化を見るのが怖くて、どきどきする胸の動悸どうきをおさえることができない。

 落ち着かないまま、影に走り寄った。


 風が土煙をはらった道の上には、グリーの杖を手に背筋がのびて、りんとしたたたずまいの、賢者がいた。

 彼は静かなまなざしで、マルコをじっと見つめている。

 マルコがおどおどと声をかける。


「あの……失礼ですが、知人を探して––––」


「私だよ、マルコ。アルだ。本当によくがんばってくれたね。怪我はないかい?」


 白髪しらが混じりの壮年になったアルは、落ち着いた笑顔を見せ、マルコの事を気づかった。

 マルコは、緊張と安心感が混じった妙な気分がした。こう言うのが精一杯だ。


「あ……大丈夫、です。次はどうするの?」


「そうだねぇ。まずは念のため、君の体調を見せてほしい。その間、あの方が来るのを、待つことにしよう」


「あの方?」


「そう。変化がこれで良かった。

 もう安心して大丈夫だ」


 そう言って、アルが短く詠唱すると、グリーがたちどころに光り輝く。白い雲がマルコの身体からだの周りをいく筋も取り巻き、彼は体のしんから活力を取り戻した。

 マルコは、初めて直接グリーの恵みを感じて驚く。そして、光に照らされてしわの入ったアルの顔を見つめた。



 アルがかかげるグリーが、近くにある第二の神の石板––––ドワーフを生んだ、頭が大きく横幅のある神––––を照らし出した。



 しばらくたって、坂を登る後続の蛮人たちが、グリーの光をさけて二手に分かれ通り過ぎる。その人たちは皆、不思議な力に近づくことがもう怖くなっていた。


 二手に別れた群衆の間から、着物をひらめかせて疾風しっぷうのごとく駆ける、子どものような姿があった。



「マルコ!」


 鈴を転がすような、美しい声が届く。

 立派な着物を着ていながら、飛ぶように駆ける。

 それはマルコとアルの手前で跳ね、宙返りをして二人を飛び越え、着地。

 着物の合わせ目から白い肌の脚をのぞかせ子どものように小柄。だがふり返ってマルコと目が合うと、涼やかな目もとは知慮ちりょに満ちていた。

 その瞳を見たマルコは、彼女は年上だろうかと戸惑った。初めて目にする、黒髪の絶世の美少女との対面だった。


「あ。……えぇと、僕は、ま、マ、マルコ・ストレンジャーです。はじめまして」


 先ほどとは違う意味で、マルコは胸のどきどきをおさえられず、赤面した。


 少女は無言のまま、目を細めた。そして、ふうと一息はくと、沁みるように心地の良い高い声を出す。


「たわけもの。わしじゃ。アエデ––––」


「え! ええええええええぇ??」


 マルコは信じたくなかった。葉と羽の髪飾りで「まさかなあ」とは思ったが、実際に聞くと肩をおとし思い切り落胆した。

 それを気にする様子もなく、美少女アエデスはアルの方を向いた。


「アルフォンスよな? 立派になったな」


「アエデス様も。霊力さかんな頃の姿にまみえて、光栄の至りです」


 壮年のアルは、誰もが安心する深く落ち着いた声で答え、自然なお辞儀をした。


「……これが終われば、わしは長生きするぞ。いつか、そなたのその姿を見るまでな」


 美少女アエデスは、一瞬、ほおを赤くしたように見えた。が、すぐにマルコに向き直り、真っすぐに手のひらを向ける。


「マルコ・ストレンジャー。神の前でも己を失わず、機略に富む勇士よ。

 そなたに頼みがある」


「……あ、なんでしょう?」


「作戦変更!

 混沌神の奉納は残り一撃で成し遂げる! そなたらは両脚、わしはあれの目を狙う。

 このいくさ、そなたが指揮をとれ!」


 マルコは驚きのあまり口が開き、アルに目を向けた。

 アルは、思いやりに満ちた笑顔で見返す。


「私もそれが一番だと思っておりました。

 賛成です。

 マルコ、君なら必ずできるよ」


 マルコは答えられず、口は半開きのままだ。

 アルが、坂の下をながめ目を細める。


「ほら、心強い仲間がもう一人。まずは作戦会議をしよう。きっと良い手が見つかる」


 マルコはその視線の先、参道の下を見た。

 残りわずかな棒を背負ったドワーフの神官戦士、ゴードンが息を切らして駆け上がって来ていた。

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