19 混沌の祭 神追い

 夜のテンプラム神殿参道は、頂上の暗がりへと伸びている。

 そこへ降り立つ巨大なディオニソス神は、牛の首をふって苛立いらだつように雄たけびをあげた。

 アルとマルコは、左右両側からじりじりと巨神に近づく。アエデスとゴードンは中央に陣取っていた。


 突然、巨神の左腕がマルコにふり下ろされる。間一髪で、彼はその攻撃を避けた。が、後ろに飛び下がって坂道に手をつく。


「襲ってくる!」


 アルが悲鳴のような声をあげた。


「うろたえるな! わしとゴードンで何とかする。棒を当てる事に専念せよ!」


 アエデスが後ろから激励した。

 アルは振り返ってアエデスとゴードンを見つめたあと、ふうと息を吐くと詠唱をはじめた。

 大杖のグリーがかがやいて、一枚目の石板––––太陽の女神が、はじまりの球体を投げようとしている––––を照らした。


 白い雲が集まる棒を手に、アルは黒いすね当てを目指し坂の左側、巨神の右足に駆け寄る。

 ディオニソス神は、左右黒白の両目でアルをにらむと、彼に向かって吠えた。

 アルは気圧されてしまい、脚がすくんで動けなくなってしまった。

 すかさず、マルコが両腕をあげて叫ぶ。


「神さま、こちら! 音の鳴るほうへ」


 マルコは盾の端を棒で叩き「カンカンカン!」と甲高い音をさかんに鳴らす。

 ディオニソス神は、マルコのいる坂の右側へと頭を向けた。


「……なんと機転のきく子じゃ。この混沌の気が渦巻く中、あの巨大な神を前にして」


 アエデスはマルコに感心してつぶやくと、ゴードンに目を向けた。

 ゴードンが答える。


「彼は経験のある剣士です。そして、マリスの影響を受けないようだ。さらに、我々と違い関わる事までできる」


「……人ならぬ人」


 二人が話す間に、マルコに誘導されたディオニソス神は体を傾け足を前に出す。そして巨神の右足が踏み込むと、狙いの黒いすね当ては、もうアルの目の前だった。

 アルはなんとか数歩進んで、白い棒で思い切り黒いすね当てを叩く。


 爆発めいた火花が散り、瞬間、周囲を照らす。

 巨神は坂の上の方へと飛び上がった。棒は粉々に砕けていた。

 アルは宙を舞う巨神を見て「やった!」とつぶやくと、すぐさまふり返った。


「ゴーディ! 次の棒を!」


 と同時に、白木の棒がふわっとアルの前に飛ぶ。アルはあわてて棒をつかむと、ゴードンに顔を向けて、会心の笑顔を見せた。


 空中に飛んだディオニソス神は、参道の少し先に降り立った。そしてまたも、急ぐように恐ろしげな足踏みをはじめる。すね当てと手首の巨大な輪っかが鳴る。



ジャンジャン ジャンジャン ジャンジャン

ジャン!



 巨神は神追いの4人をにらみ、横にブルブルッと首をふる。

「ガチャッ!」と音がすると、瞳は左右白黒に入れ替わった。


     ◇


 マルコは参道の反対側を見て驚きのあまり、ぽかんと口を開けた。

 グリーの杖を持ち、豪奢ごうしゃ法衣ローブに身を包む長身の女がいる。


「あ、あ、アル? そ…その…ふくらみは」


 マルコは思わず指差した。

 髪は橙色オレンジの短髪のままだが、あごから首はほっそりとして、尻は衣服の上からでもわかる丸みを帯びている。ふくよかな胸を腕でおさえるアルがいた。

 彼、いや彼女は顔を赤らめて言った。


「……やだ。マルコ……そんな、そんな目でこっち見ないで……」


     ◇


 第二の民ドワーフであるゴードンは、その時、混沌の気など微塵も感じず孤独だった。

 第三の神の悪意や善意がもたらす光を感じたり、何か心が動かされる事もない。

 今やっている事も、指示されて棒を投げる事だけで、あの混沌神と呼ばれる半獣の巨人に近づくことはできなかった。


 だがしかし、それがもたらす結果には、大いに驚かされた。

 となりから、老人の怒鳴り声が飛んでくる。


「おいゴードン! こりゃマズい! あいつ女になっちゃ動けんぞ! わしも、こう、股のあたりが居心地が悪い!」


 ガニ股の老人が、こちらを見て威勢よく訴える。

 白い髪に葉と羽の飾りがあるので「これはおそらくアエデス様であろう」とゴードンは考えた。

 だが、ふてぶてしい表情の老人に何と答えて良いのか分からず、戸惑いながら後ずさった。

 老人はチッと舌打ちして、マルコの方を向いて大声で怒鳴る。


「おーいマルコー! こりゃいかん! あの白いの、ガッと打ってくれ!」


 マルコは思わず、心の声を口に出してしまった。


「アエデス様……、ざつになった?」


 しかし、すぐに気持ちを切り替えると、マルコは上体を傾け狙いを定める。白いすね当てが付いた巨神の右脚目がけ、一直線に駆け出した。

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