17 混沌の祭 降臨の儀式

 パチパチとはぜる円形劇場の篝火かがりびが、舞台中央のアエデスと、その前に並ぶマルコとアルを照らしていた。

 そして、アエデスから距離を置いてとなりでは、神官戦士のドワーフ、ゴードンが棒を何本も背負っている。

 舞台の周りは、剃髪ていはつの神官とドワーフ戦士が何人も取り囲んでいた。


 マルコがゴードンに目をやると、いつもは快活に開いている目がどんより沈んでいる。

「何かあったのかな?」と、マルコはあやしんだ。


 劇場の観客たちは、いつもと違う流れに、何が起こるかとかたずを飲んで見守っている。大観衆の注目が生み出す独特の緊張が、舞台の上に集まっていた。

 アエデスがおもむろに声をあげる。


「アルフォンス・キリング!

 そなたの用いる神の善意、グリーの姿を見せよ!」


 その迫力にアルは気圧けおされて一歩下がり、「な、な、なんで?」とうろたえた。

「わしを信じよ!」とアエデスが小声でささやく。


 アルは深く一息吐くと、手に持つ大杖の先から紐をほどいて、暗い袋を取り外した。

 神の善意、グリーと呼ばれる白い石があらわれ、テンプラムの円形劇場を全て照らすほどに、まばゆく光り輝いた。


 それを目にした観衆は皆大きな息を吐く。そうして、少しずつ、さざ波のように歓声を上げはじめた。

 一方、舞台外側の神官たちは、一斉に両腕を回し手で印を組み何かを唱える。


「見よ、この恩寵おんちょうを! 我々に希望、幸福、そして力を与える神の恵みである!」


 アエデスが声を響かせる中、グリーから次々と柔らかい雲のような光が漂い、劇場中に散らばっていった。

 観客はその奇跡に感動し、涙を流す女もいれば、興奮して腕をふり上げ叫ぶ男もいる。

 無邪気に雲へ手を伸ばし、目を輝かせる幼子おさなごもいた。


「次に、マルコ・ストレンジャー!

 そなたが持つ神の悪意、マリスを高くかかげよ!」


 アエデスが「わかっておろう。安心せよ」とささやき、すわった目でマルコを見据みすえる。

 アルがこれ以上なく目を開いて、マルコを見た。

 マルコはいろんな緊張が混じる中、震える手で、なんとか黒い石を袋から取り出した。

 ゴードンはそれを見て驚愕し、目を見開いて口をぽかんと開いた。


 神の悪意、マリスと呼ばれる小さな石は、異邦人マルコの指につままれ、舞台の上で高くかかげられた。

 神官の数人が悲鳴を上げその場で崩れ落ちる。他の神官たちは、追われるように早口で詠唱を続ける。

 観衆は、黒い石があまりに小さいので、遠くからだと何がなんだかわからなかった。


 わめくようにアエデスが叫ぶ。


「備えよ! この災いに! 我われに邪心、狂気、そして絶望をもたらす神のあやまちである!」


 それから、黒い石から赤い光が放たれると状況は一変した。

 赤い光は鋭い一筋となり、観客席を舐め回すように照らす。光をまともに見た者は苦しみにもだえて絶叫し、その姿を目にした者は恐怖で動けなくなる。

 白い雲で光をふせげた者も、かつてない不安に襲われた。


 アエデスが急ぎ詠唱して腕を交差し、こう叫んだ。


「神の恵みとあやまちを混ぜ合わせ混沌をむ!

 出でよ! ディオニソスよ!」


 その時、指でつまむマリスの石が、小刻みに振動するのにマルコは気づいた。

 小さい石は、ブブブブブ……と何かを告げるように震えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る