16 混沌の祭 神追いの舞

 暮れなずむテンプラムの円形劇場。

 マルコが目にしたことがないほど多くの人がいる。人々は密集して、扇型の椅子に腰掛けていた。


 壮年の男が多い前列の旦那衆は、白木の棒と盾をかたわらに置く。

 後列の観客の目は、篝火かがりびあかりを反射してぎらついている。

 人々はみな、祭りのはじまりを今か今かと待ちわびていた。

 そんな人たちの間に、マルコとアルの二人もいる。


 赤い暗がりの中、マルコはとなりのアルの横顔を見上げた。アルはすぐに気づいて、マルコに微笑みを向ける。


「もう、はじまるよ。……ほら!」


 腹に響く神官の角笛を合図に、舞台の真ん中に飛び込むように何かがあらわれた。

 牛の顔のような面は、左右に黒い瞳と白い瞳をもつ。体はマントをかぶり、四本の足がのぞく。面の口はカチカチと音を鳴らしながら開け閉めされ、足のすねに付いた輪っかが動くたびに「シャン! シャン!」と金属音をたてた。

 舞台の周りでは、神官たちが笛や太鼓で心が鎮まる音楽をかなではじめる。

 その音色ねいろに合わせ、神追いの舞がはじまった。


 マルコは、それから目が離せないまま、つぶやく。


「……僕、こういうの見た事あるよ。

 これ……獅子舞だ」


 アルは目を丸くしてマルコを見つめると、興味深そうにたずねる。


「へぇ。似たものがあるんだね。

 その……ししまい、も神さま?」


「なんだろう。……山の神さま?」


 マルコが自信なさげにつぶやくと、アルは目を大きく開き驚いた。

 やがて舞台に目を戻し、話す。


「この神追いでは、混沌の神、ディオニソス神が舞い手に憑依ひょういする、と言われている。

  ……。昔は、本物の神さまが降り立つ事もあったらしい」


「えぇ?」


 今度はマルコがびっくり仰天して、アルの横顔をまじまじと見つめた。


「いや、もう伝説! 伝説! そんな事あったら、ここの人たち、みんな大変だよぉ」


 あわてて手をふり、アルは口もとをゆるめながら言った。

 だがマルコは、話し終えたアルが遠い目をしたのを見逃さなかった。


     ◇


 日は暮れ、星空が見えた。

 夜の円形劇場で、神追いの舞い手が勇壮な舞を踊る。

 音楽は神秘的な調子から激しいものに変わる。

 間で「カチカチ!」と閉じる口や「シャンシャン!」と金属音が鳴る。

 舞台の周りの篝火かがりびが、激しい舞と、その一点を見つめる観客たちの顔を照らす。


 舞は終盤に向け、最高潮の興奮を迎えていた。舞い手二人が、四本の足でひたすら足踏みする。


シャンシャン シャンシャン シャンシャン

シャン!


 お面は左右に激しくふられ、金属音が終わると同時に「ガッチャン!」と音がした。

 かと思うと、左右の瞳が白黒入れ替わっていた。


 とたん、観客は一斉に立ち上がって手をたたき、歓声をあげる。アルとマルコも、あわてて周りに合わせ、拍手をした。


 拍手と歓声が鳴りやまぬ中、舞台にテンプラム神官長、アエデス・ヴィルジニアスが進み出た。

 小柄な老婆は観客に背を向け、何かムニャムニャと声がする。

 だが、背を向けたまま神酒を飲んで、杯を壇上だんじょうに打ちつけるとかっと目を開き、観客に向かってふり向いた。


「テンプラム祭礼の儀式、神追いの祭りに、ようこそおいでくださった!」


 劇場に響くアエデスの声にこたえるように、観客たちは拍手と大きな歓声を再びあげる。


「この祭りは、老いも若きも、女も男も、財を持つ者もそうでない者も、全ての民のけがれを落とす、大祓おおはらえの儀式である!

 そのために、皆の者には、しばしの混乱、混沌を味わってもらわねばならぬ」


 この言葉に観客席はどよめいた。

 しかし、前列の旦那衆は慣れているようで「神官長、今年は気合入ってんなあ」と軽口をたたく。

 マルコはアルと顔を見合わせ微笑んだ。

 老婆の大音声が響く。


「今年は例年とは違う50年に一度の恩寵おんちょうとなる。おのおの方、くれぐれも自らを見失わんよう、心してのぞまれよ!


 ……では。

 魔法学院アカデミー探究者アルフォンス・キリング!

 異邦人マルコ・ストレンジャー!

 前へっ!」


 ぎょっと顔を見合わせ、マルコとアルは驚愕のあまりわなわなと震えた。

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