12 テンプラム神官長との面会

 テンプラム神官団の長たる人の部屋は、赤い絨毯じゅうたんが敷かれているほかは、質素なものだった。

 10人は入れそうもない狭い空間に、小さな机と椅子。石造りの暖炉だんろでは、パチパチと炎がはぜていた。


 その小さな机に面して、子どものように小柄な老婆がちょこんと椅子に腰掛けている。老婆は、他の神官の青年たちと同様、真っ白な作務衣さむえを着ているが、一人だけ白髪頭に青々とした葉と鳥の羽の冠を付けていた。

 マルコは、彼女のおだやかそうな眠ってるような表情に、拍子ひょうし抜けした。


魔法学院アカデミー探究者にして神の善意グリーの使い手、アルフォンス・キリング様が、お連れ様とおみえになりました」


 神官の一人にそう紹介されると、アルはうやうやしく––––いつか、マルコにもしたように––––膝をついてお辞儀の礼をする。


「大変ご無沙汰しております。アルフォンス参上いたしました。神官長におかれましては、その後、ますますご健勝とお喜び申し上げます。

 こちらの連れは、私と王都へ旅するマルコ・ストレンジャーでございます––––」


 豹変ひょうへんしたアルを見て、マルコは「なんだかんだ言って、この人は社交的にもなれるんだなあ」と思い驚いた。

 一方、挨拶あいさつを受けた老婆は、ゆっくりとアルに顔を向けると、ほうけたように応じる。


「……あ、アルホンス? どなた様?

 ……い、いつぶりです? ……ムニャ」


「はい。先の祭事に参加してから、5年となります。アエデス・ヴィルジニアス様」


「……こ、去年?」


「いえ……ごねん前! となります……」


「ムニャ……それはそれは。いつもご寄付に感謝します、アルホ様。

 ……お礼参りは、確かに大切です」


「いえ! おれいまいりではなく、ごねんまえです。それにアルホって……アルでお願いできますか?

 とにかく本日はお会いできて光栄––––」


 そんなやりとりを前に、マルコは「確かにかみ合ってないな」と人ごとのように見ていた。

 すると、老婆がふとこちらを見つめる。


「アルホン、こちらはどなた様?」


「……。先ほど、ご紹介した通り––––」


「え? なんです?」


「……失礼しました。ま、る、こ、でございます」


「え? タルト?」


 マルコは、アルの横顔を盗み見て、そろそろ彼の忍耐力も限界なのでは、と心配した。アルは額に汗しながらも、引きつった笑顔をたもっている。

 老婆、すなわち神官長アエデス・ヴィルジニアスは、ふいにマルコを指差す。


「マルトん様、ようこそお越し下さいました。ムニャ……その、お腰に付けているものは、なんです?」


 そくざに、アルはマルコをにらんだ。顔を小刻みに横にふり、必死に目配せをする。

 マルコも無言でうなずいて、腰の後ろに手をまわす。神の悪意マリスが入った袋を腰帯にねじ込み、代わりに剣をかかげ、ひざまずいた。


「神官長様、はじめまして。こちらは、端村はしむらの森で友人にもらった剣。名をハート・ブレーカーと申します。

 私は剣士なのです」


 そうマルコが答えると、アルが満面の笑みでこちらを見て、嬉しそうに拳を握る。

 しかしアエデスは、剣には目もくれなかった。マルコの腰の後ろがなおも気になるように、細い目で彼の腰をよく見ようと首を伸ばす。

 アルがあわてて話しはじめた。


「アエデス様、私たちも祭事を拝見した後、旅を続けます。何かお手伝いできることが––––」


 アエデスが口をはさむ。


「マルコ様、このお祭りを知っていますか?」


「いえ……。実は、全然わかっていなくて。どんなお祭りなんですか?」


 マルコが笑顔で答えると、アルが呆然と口を開ける。

 アエデス神官長は、その場の神官に目配せをして、話す途中から口調が変わった。


「ムニャ……それでは、ご説明差し上げます。

 ……ここへ酒を!」


 アルは、これまでになく大きく背をのけぞらせて、「あーーー!」と手で目をおおい、残念な気持ちを全身であらわした。


     ◇


 透明な液体が入った陶器の杯––––白と黒の渦巻き模様だ––––を、しわくちゃのアエデスの手が持ち上げる。ぐっぐっとのどを鳴らしながら、彼女は神酒を飲み干した。

 ほうと一息つくと、細かった目を、かっと見開く。腹にずしんと響く、しわがれた声を張り上げた。


「コラ! アルフォンス! そなた、参上するのが遅かったではないか!」


「はい! 申し訳ございません!」


「おおかた、わしと会うのが億劫おっくうになり、また食い物の事ばかり考えていたのであろう!」


 人が変わったアエデスに、マルコは唖然あぜんとした。おどおどしてアルを見ると、借りてきた猫のように緊張してかしこまっている。

 アルは大杖の暗い袋で顔を隠し、さらにアエデスの視線から逃れたいように、隠れるはずもない体を縮ませている。


「と、とんでも……いやおっしゃる通りです。ごめんなさいっ!」


 アルは泣いてしまいそうな勢いだ。


「そして、そっちの新入り!」


 大きな目でにらみ指を差すアエデスの迫力に圧倒されて、マルコは「ぼ、僕の事?」と彼も泣きそうになる。


「先ほどは、わしを誤魔化ごまかそうとしたな! 腰の後ろの只ならぬ気配を、さっさと見せい!」


「ご、ごめんなさい……。そんなつもりじゃなくて」


 マルコはあわてて腰から暗い袋を取り出すと、そのとば口を開いた。

 中から、紫色の光がにじみ出る。

 とたん、神官たちから上がる悲鳴。

 素早く、アエデスが手のひらをマルコに向けた。


「待てぇい! 何をしようと……。

 おぬし……人では、ないな?」


 今度は、アエデスが呆然とした顔でマルコを見つめた。

 アルは一息吐いて気を取り直すと、いつものよく通る声をあげた。


「アエデス様。成功したんです。

 彼は……この地の外から来てくれた、異邦人なのです」


「召喚術か!」


 わめくようなアエデスの声に、アルは無言で大きくうなづいた。

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