11 テンプラム名物のごった煮

 翌日の昼。

 マルコとアルは、食堂の屋外テーブルで、注文した料理を待っていた。

 すぐそばを歩く人々が通り過ぎる。

 お祭りの初日、宿の通りは多くの人出ひとでで、大変なにぎわいだ。


 マルコは杯から水を飲みつつ、目の前で頬杖ほおづえをつき残念そうな顔のアルをながめた。今朝、神官戦士団の天幕から追い出されるように出てきたのだ。

 ほうけて、口を半開きにしたアルがつぶやく。


「……ゴーディが、あんなに、せちがらいとはなぁ」


「仕方ないよ。今日から警備で忙しそうだったし、なにかとものいりだって……。

 それよりアル、その……神官のところには行かないの?」


 マルコがたずねると、アルは口を半開きのまま答える。


「あぁー……やだなぁ。あのお婆さん本当に苦手なんだよなぁ。なんとか会わずに済ませられないか……」


「そんなに嫌なの? ……じゃあ、いっそのこと次の町へ向かっちゃう?」


 マルコは、本音を言えば、早くマリスを王都へ届けたかった。さらに自分の心に正直になれば、早く端村はしむらに戻って、歌う小熊亭にいるシェリーに会いたかったのだ。

 しかしアルは、何かひらめいたように、かっと目を見開き、その案にのってきた。


「……いいね……それ。いけるよマルコ!


 我々は、この使命が一刻の猶予も許されない事に思い至った!

 神官戦士ゴードン隊長のご忠告もあったが、それでもなお!

 アルバテッラを愛するがゆえ、危機を未然に防ぎたい一心で、涙を飲んで、テンプラムの地を後にしたのです……聖なる牛肉もあきらめ」


 テーブルに足をのせ、胸に手をあてアルは一人芝居をしている。

 マルコはあっけにとられたが、やがて笑顔になる。


「いい感じだね! それじゃ、さっそく?」


 と立ち上がろうとするマルコを、アルが強く制した。


「待った! ここで、このテーブルで、まだやらねばならないことがある」


 マルコが不思議そうに首をかしげると、熱を帯びた目でアルが言う。


「ごった煮だよ、マルコ。ここに来たなら、名物のハギスを食べなきゃ」


 また食べ物の話か、とマルコはあきれた。

 だがお腹は空いていたので座り直し、アルの長話に付き合うかと気持ちを切り替える。

 アルは目を輝かせて、テンプラム名物のごった煮料理について語りはじめた。


「名物と言っても、実はいろんな種類があって、一つの味としては語れない。

 この辺でハギスと呼ぶ料理で共通するのは牛、豚、または羊の胃袋に、様々な肉や野菜そして穀物を煮込んだものを詰めた料理なんだ……」


 今度はマルコが頬杖ほおづえをついて、ふむふむとうなづき、話を聞く。

 アルのうしろを、店の女給があわただしく横切る。


「ここのハギスは特に有名で、味も種類も豊富でね。旅に持っていける保存用は発酵されてて、通好み。

 まず、マルコにはここで万人向けの––––」


 ふとマルコが通りの向こうを見ると、剃髪ていはつの白装束の団体が、こちらを指差していた。「あ」と思うが、アルは話に夢中なままだ。

 店からは、さっきの女給が、器用に三つの皿を運んできた。


「それでね、マルコ。注文したのは三品だ。まず、子どもや女性に大人気! 一位のあっさり味。僅差で二位のトマト味!

 そして––––」


 目を閉じて語り続けるアルに加えて、両脇からの呼び声、三つの声が同時にあがる。


「ヘイ! お待ち! プレーン、トマト、ホット、汁多め! 煮込み固め!」

「カラシナという、珍しい香辛料が入った、辛い味なんだ!」

「あちこち探しましたよ! キリング様。

 さあ! 参りましょう!」


 テーブルに置かれたごった煮の皿。

 右の女給。

 左からむんずと肩をつかむ神官たち。

 アルは「え?」と、それらをキョロキョロ見回した。


「あちゃあ、見つかった」とマルコは頭を抱える。

 まだ状況が飲み込めないアルが、テンプラム神官たちに有無を言わさず引っ張り上げられた。

 またも成り行き任せだけど仕方ない、とマルコもあきらめ、椅子から立ち上がった。


     ◇

 

 テンプラム神官たちの居住地は、屋台と宿の繁華街から円形劇場を越えて反対側、閑静な一角にあった。


 道中、マルコとアルは、周囲を剃髪ていはつの神官たちに厳重に警護されて歩く。

 真剣な表情のアルが、ひそひそ声でマルコに何度も忠告していた。


「いいかい? マルコ。

 ついたら神官長の元へ、挨拶にうかがう」


「うん」


「今はまだ、ご老人はシラフのはずだから。絶対にマリスやグリー、それに神さまの話をしてはいけないよ」


「なんで?」


「ぐっ……なぜなら……そうした話になると彼女が覚醒しようとするから」


「覚醒?」


「要するにね。普段の彼女は只のお婆さんに見えるんだけど、神酒を飲むとキレッキレ––––」


 とここで、白っぽい石造りの屋敷に到着して、神官の一人から「ヴィルジニアス様が、中でお待ちです」と案内された。


 アルは声は出さず口だけで「ぜったい!」とマルコに言ってるようだった。

 大きな石柱に挟まれた門をくぐりながら、マルコはアルへ顔を向けて、何度もうなづいた。

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