10 王都神官戦士団の天幕

 いにしえの町、テンプラムの郊外。

 王都神官戦士団の天幕が建てられている。


 吊り下げられたランプが、頻繁に行き来する多くの人間と、少しのドワーフの、兵士たちを照らす。

 奥で仮眠する者もいれば、炊事をする者もいる。背が高い者も低い者もみな、白地にふちが灰色の同じ法衣ローブ姿だった。


 天幕前の戸外で、マルコとアルはゴードンと一緒に、平たいわんに入ったニンニクがゆを食べていた。

 ゴードンは、まだマルコに謝っている。


「マルコ殿、この度は、重ねて申し訳なかった。アルフォンスの御連れとうかがい、てっきりよけてもらえるかと……。

 大事無ければ良いが」


「ゴードンさん、ここまでしてもらって、逆に申し訳なくて……ありがとうございます。

 体もなおしてくれて、ご飯も、寝床も……」


 そんな二人のやり取りも聞かず、アルはがつがつとかゆを食べた。終わると水を一杯飲んで一息ついてから、やっと口を開く。


「ふ〜。……それで、ゴーディ。

 さっきはあの宿で何の交渉をしてたの?」


「ん? うむ。食料と寝具の提供を願ったのだが、値がなかなか折り合わなくてな……」


「……それで?」


 とアルがうながすと、ゴードンはわんに入ったかゆに目を落として答える。


「……背に腹は変えられん。ここでの勤めが第一なのでな。応じた」


「はー。観光地価格って嫌なもんだよねぇ」


 そんな会話を聞きながら、マルコはニンニクがゆを食べた。素朴だが旨みと塩味がきいてさじが進む。

 ゴードンがふと、何か思い出したように顔をあげた。


ときに、アルフォンス。貴公はなにも、我々の野営に来る必要はなかったのではないか?

 テンプラム神官の元で歓迎されただろう」


 マルコは、もぐもぐと口を動かしながらアルを見た。彼が話を誤魔化したい時の癖で、遠い目をしている。

 アルは、小さくつぶやく。


「……あの、お婆さ……ウホン!

 神官長は苦手だ」


「なぜ? 立派な方だぞ。

 前の実績を公正に評価いただき、我々ドワーフ神官戦士にも、実に良くしてくださる」


 ゴードンが問い正すが、すかさずアルは話題の向き先を変えた。


「そうだよね! 5年前のあのお祭りでは見事だった! ゴーディはじめ、ドワーフ神官戦士たちは、あの混乱をものともせず––––」


「我々には、マリスもグリーも影響ないからな。あれは第三の民の問題なのだ。ゆえに、ここの混沌の祭事を警備するのは適任だ」


 ゴードンは、マルコを見ながら答えると、粥にさじを入れた。

 聞くばかりだったマルコがたずねる。


「あの……、ドワーフのみなさんには、神の悪意や善意の影響はないの?」


「しかり。あれは、貴公ら人間の祖神そしんがもたらしたものゆえ。我々も、エルフにも関係がない。

 正確には……我々はかかわれないのだ」


 ゴードンの話を聞いて、マルコはさらなる疑問がいて口を開こうとした。

 が、アルがじっとこちらを見ていたので、話題を変えてみた。


「……ところで、テンプラム神官って……、あの神殿で僕らを見てた人たちのこと?」


 アルがぎょっとして目を開き、マルコをにらむ。

 ゴードンは動じる事なく、上品にさじと口を動かし、ちゃんと飲み込んだ後に話す。


「なんだ。もう会っておるではないか」


「いや! まだだ! まだ、私だと、はっきりとは、わかってないはずだ」


 アルがそう言っても、ゴードンは時間をかけて丁寧に、さじを運ぶ。

 マルコはバツが悪そうに、話の行く末を見守った。

 やがてゴードンが言う。


「なにを子どもみたいなことを言っておる。

 グリーの使い手ともあろうものが」


「でも––––」


魔法学院アカデミーの後輩たちは何と思うだろうな?

 栄えある探究職の魔法使いが、テンプラム祭でこそこそと隠れ、神官長に挨拶もできぬとは」


「ぐっ……」


「明日、自ら神官長の元へ出向くと良い。

 祭事への参加は歓迎されるだろう」


「…………。わかったよ、ゴーディ。

 ……とりあえず、顔だけは出すよ。魔法学院アカデミーのグリーを持って来てるしね」


「うむ! 話すとわかる所こそが、貴公のほまれ高い美徳だ」


 とゴーディは満足して、上品に黒い顎髭あごひげで口もとをぬぐった。さらに品ある事には、その汚れたひげを、今度はきれいな布で丁寧にぬぐいはじめる。


 マルコは「なんで直接、布で口をふかないの?」と口に出かかった。

 だが、となりで肩を落とし憂鬱ゆううつそうなアルを見ると、また余計な事かもしれないと思い聞くのはやめた。


 天幕の周りでは、多くの兵士が行き交っている。

 ランプのあかりは、車座になった魔法使いと剣士、そして白い法衣ローブを着たドワーフというおかしな組み合わせを、暖かく照らし出していた。

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