9 第二の民 ドワーフとの出会い

 アルがお勧めする「人気がない」宿屋は、それまでの宿と変わらず、多くの着飾った人たちでにぎわっていた。

 玄関の扉を開いて、それを目にしたとたん、肩を落とすアルだったが、これまでとは違うことが一つあった。


 カウンターで、宿屋の亭主が満面の笑みを浮かべながら誰かと話している。相手の後ろ姿は、大きな頭がカウンターより少し上に飛び出るくらいで、背は低い。

 だが、横幅のあるがっしりとした背中をこちらに向けて、大きな長靴はしっかりと床を踏みしめていた。


 その姿が目に入ると、アルは扉を開けたまま動きが止まった。戸口とアルの法衣ローブの狭い隙間から、マルコが顔だけ出して、つぶやいた。


「……あ。……第二の神」


 がっしりした背中が、ゆっくりとこちらを振り返る。アルは驚いた顔をして、確かめるように声をかけた。


「…………ゴーディ?」


 呼ばれた者は、底が厚い青灰色の長靴を鳴らし、白地に薄灰色のふち取りがされた法衣ローブを着ている。

 その合わせ目は開き、中の鎖帷子くさりかたびらが銀色に光っていた。

 切りそろえた黒髭は、口から胸まで伸びて、大きな頭の黒髪は短い。

 彼も驚いて、大きな目をギョロリと開き、野太い声をあげた。


「……アルフォンス? ……オーーホホ!

 アルフォンス・キリング!」


「ゴードン! ゴードン・ゴルディロックス!」


 二人は互いに駆け寄った。が、ゴードンと呼ばれた者が、思い切り頭をのけぞると、アルは横にひらりと避ける。

 ゴードンは、アルの法衣ローブの袖に思い切り頭突きをした。

 そして、何事もなかったかのように、ゴードンは「奇遇だな!」と喜び、アルは「久しぶり!」と抱き合った。


     ◇


 宿屋の亭主は、笑みは崩さず困ったように眉を下げている。

 その場でアルが、ゴードンにマルコを紹介してくれた。

 マルコは恥ずかしく、それに初めてドワーフの知り合いができそうで緊張した。


「……マルコ。こちらは、私の長年の友人にして、聖なる神官戦士、そして情があつく誠実なるドワーフ!

 ゴードン・ゴルディロックスだ」


「……はじめまして、マルコ殿。わが父はグラード・ゴルディロックス、母はベル・ゴルディロックス、父方の祖父は––––」


「待った! ゴーディ。彼は異国から来たばかりで、まだ慣れてないから……そのへんで……」


 あわててアルは止め、マルコに顔を向け苦笑いした。

 ゴードンはキョトンとしてアルを見上げたが、すぐに飾りのない穏やかな笑顔になって、


「今後、お見知りおきを。マルコ殿」


 と丁寧にマルコに挨拶をした。マルコもあわてて「どうも」と会釈を返す。

 アルが続ける。


「ゴーディ。そしてこちらが、私と王都への旅を共にする道連れ、若き剣士にして、私の……遠い親戚の……マルコだ!」


「マルコ……何と申されるのかな?

 姓は?」


 とゴードンが聞くものだから、アルとマルコは顔を見合わせうろたえた。アルが天井を見てつぶやく。


「え? ああ、マルコ……マルコ……」


「マルコ……、キリング殿ですかな?」


「違う! 違う! 断じてそれはない。そうではないよ、ゴーディ。

 マルコ…………、ストレンジャーだ!

 彼はマルコ・ストレンジャー」


 そうアルが叫ぶと、ゴードンは片眉だけ上げて「ストレンジャー?」と返し、「聞いたことない姓だ」とぶつぶつ言った。

 マルコは緊張のあまり、あわて過ぎていた。


「はじめまして! ゴードンさん。僕は、マルコ・ストレンジャーです。

 父はタダシ・ストレンジャー。母はナオミ・ストレンジャー––––」


 アルがあわててマルコの口を手でふさぐ。

 その様子を見たゴードンは、驚いた顔からふっと笑顔になり豪快な笑い声をあげた。


 そしてゴードンは「よろしくお願い申し上げる!」と叫びながら頭をのけぞると、マルコの革鎧の胸めがけて、思いっ切り頭突きをした。

 マルコの身体は、近くの椅子を弾きながら宿の壁まで吹き飛ばされると、跳ね返って前に倒れ、動かなくなった。

 アルが絶叫して駆け寄る。


「マルコーーーーーーー!

 大丈夫かーーっ!」


 何事かと、酒場にいた人たちも驚いた様子で注目する。ゴードンは大きな鼻を指でかきながら、床をどたどたと鳴らし駆け寄った。


「これはっ! 面目ない! 加減を間違え申した!」


 アルとゴードンが宿の入り口そばで大騒ぎする中、宿屋の亭主は、笑みは崩さず、困ったように眉を下げたままだった。


     ◇


 テンプラムの町のはずれ、屋台と宿屋の通りの喧騒から離れ、ようやく静かな場所に、大きな白い天幕がいくつも張られていた。


 天幕内の簡易なベッドに、マルコが寝かされている。悪い夢をみてるようにうなされている。が、その胸の上に、黒い短髪のドワーフがごつごつした手をかざしていた。

 それは、ぼんやりとした白く柔らかい光りを放っていた。アルは見惚れて、呑気のんきにつぶやいている。


「……いいよなぁ。日の神がもたらす神聖魔法……。私たちも癒し手がいると、旅も楽なんだけどなあ」


 と言って、意味ありげにゴードンに目を向けた。

 ゴードンはひとしきり口もとを動かし、詠唱を終えた後、顔を上げ答える。


「何を言うか。貴公は、人が呼ぶところの、神の善意の使い手であろう」


「……いやあ、それがね。二人だけで戦いにのぞむと、けっこう危なくって。……それに、癒やし手の方が早い……ほら!」


 アルが言うと同時にマルコが「ぷはあ!」と息を吐いて上半身を起き上げた。

 彼は、何が起きていたのかわからず、キョロキョロとアルとゴードンの顔を見比べる。


 ゴードンもアルもほっと笑顔になって、お互いに顔を見合わせると、苦笑いした。

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