8 祭の前夜の風景

 神殿参道で、もう日が沈もうとしている。


 アルは「せっかく、ここまで来たから」とマルコを頂上の神殿前まで案内した。

 夕日を背後に浴びる神殿は、逆光の中で輪郭りんかくが輝く光を放っている。

 遠くからや、登りながらながめた時よりも、より一層、荘厳そうごんに見えた。


 その神殿の前に、何人かの参拝者がいる。その人たちは、かたく閉じられた正面の扉に向かって、指を組んだり手を合わせていた。

 マルコには、何かのお祈りをしているように見えた。なので、扉の奥には何があるのかが気になった。


「……アル、この神殿の中には何があるの?

 神様の……銅像とか?」


 アルは、ぼんやりと神殿をながめながら、さすがに話しつかれた様子で、小声でマルコに答える。


「いや……。そうだね。ちょっと驚くようなものが安置されている。あさってのお祭りのあとに中が見れるよ」


「……もったいぶるね」


「んん。言うと、また説明が長くなるから。あさっての、ご開帳を、お楽しみに」


 そんなやりとりをしていると、神殿の扉の横に立つ、剃髪ていはつで真っ白の作務衣さむえを着た人がじっとこちらを見ている。

 ふと、視線に気づいたマルコは見返した。よく目をこらすと、剃髪ていはつながら眉目秀麗びもくしゅうれいのとても美しい男だ。

 男は、横を向いて他の神官に声をかけた。


 すると、アルもはっと神官の様子に気がついて、あせった顔をマルコに向けささやく。


「やばい! 見つかった。もう行こう、マルコ」


「……どうしたの? 知り合い?」


「話しは、後あと! もたもたしてると、つかまっちゃう」


 アルはマルコの手を引き、参道を元来た方へとくだりはじめた。マルコもしぶしぶ引っ張られていたが、ふいに、その手がびくっと動く。


「しまった! 今夜の宿を予約しておくの、忘れてた!」


     ◇


 暖炉だんろの火が照らす明かりに加え、テーブルやカウンターにも並べられた数々のランプ。

 その宿屋の酒場は、まばゆい中にぎわっていた。


 大勢の客がテーブルについて、騒がしくしゃべりながら食事をしている。

 口を大きく開けて笑う婦人も見える。

 人々には活力があり、みな、期待に満ちたまなざしを光らせている。

 マルコは後になって知ったことだが、遠くからテンプラムに来た観光客たちは、悪く言えば、欲の深い金持ちだった。


 入り口に近いカウンターにマルコが目をやると、魔法使いは大杖を持った手をふり上げ、大げさな身ぶりで亭主に話していた。

 つかれたマルコは、玄関に入ってすぐの小さな椅子に腰掛ける。テーブルに座る満たされた人たちと、はためにも交渉が難航してそうなアルの後ろ姿とを見比べた。

 やがて、アルがつかれ切って戻ってきた。


「ここもダメだ……。物置部屋も空いてないって」


 神殿を参拝した後、アルとマルコは日が暮れる参道を急いで駆け下り、円形劇場の先の屋台の混雑をかき分けかき分け、宿屋を訪ね回っていた。


 道は、どこも大勢の人でごった返す。

 屋台の灯りに照らされた人々の顔はどれももの珍しさに興奮し、熱気を帯びた目を見開いている。

 マルコは、数日前の端村はしむらの閑散とした通りが夢だったのか、それとも今歩いている人で充満した通りが夢なのか、どれが現実なのかよくわからなくなっていた。

 

 やがて、アルが窮屈そうにふり返って、マルコに叫ぶ。


「あそこ! あの……、あの宿屋が人気がないはずだから!」


 と言って彼はマルコの手を引っ張る。

 マルコは心で「やれやれ」とつぶやきながら、離されないよう必死でついて行った。

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