7 神話 第三の民 人間の誕生と、神の悲劇

 マルコは、神殿参道での授業の最後、第三の神が描かれた石板を前に、つかれも忘れて見入ってしまった。

 その石板だけはひときわ写実的で、そして劇的な内容の絵だったのだ。

 アルは、ちょっと言い訳がましく口ごもりながら解説した。


「……まあ、この石板のテーマは、われわれ人間に直接関わるから注目もされてて。その時代その時代の一流の芸術家が、毎年のように新作を寄贈するんだ。

 ……だから、これだけ妙にリアルになってしまって、他の石板とは違って、浮いている」


 その絵を見ながら、マルコは何と言って良いのかわからなかった。


 石板に掘られ、細かな浮き彫りも施された絵は、素晴らしく整った顔と筋肉を持つ男性が、頭を左に横たわっていた。

 だがしかし、その顔も体も右半分は、地中に埋もれていた。

 半分だけの表情は諦めたように平静だが、天にのびた左腕はもがき、指先は苦しげに曲がりくねっている。

 地上の左半身から上に、その肉体から剥がれていくように、丸や四角の小さな欠片かけらが、たくさん散らばり広がっている。

 また地面の下も、同じくたくさんの欠片かけらが、地中に散り広がっている。

 男性の周りには、これまでのどの石板よりもたくさんの、小さい人の形が彫られていた。


「えー……。作品のタイトルは『地にのまれるテテュムダイ』。第三の神のことだね。

 説明すると、3番目に誕生した第三の神は『野心家であった』と言われる。彼は、兄たちよりも大きな偉業をたてる事を望み、もっと広い平野、森も山も海も全てをいろどる民を生み出そうと考えた。

 そこで、大地に取引を打診した。取引の内容は……諸説あるので省略。

 結果、第三の民、われわれ人間が生まれた。

 私たちは、森も山も海沿いでも、そしてもちろん広い平野でも、栄えて、生きていくことができる。

 やがては空でも、と言う人もいる。……だけど、第三の神は、取引に必要だった対価を、大地に差し出さなかった––––」


「なんで?」


 かぶせるようにマルコは尋ねた。

 アルは端まで歩いて、マルコに石板の全体をよく見せ、続ける。


「取引の内容と同じで、それも諸説ある。

 一説では、そもそもこの神は、果たせない約束をしたのではないか、とも言われる。

 ……ともあれ大地は、そのあがないを求めた。

 ある時、地が割れて、そこに倒れ込んだ第三の神は、身体の右半分が大地にのみ込まれると、地割れは閉じた。

 第三の神は、そのままお亡くなりになった」


「ひどい!」


「そうだねぇ……。この石板は、その時の様子を描いている。

 そしてマルコ。この、上の方にも、下の方にも、何かが飛び散っているのがわかるかい?」


 マルコは、激しく首を縦に何度もふった。アルは満足したように口もとをゆるめて、続ける。


「……第三の神は、亡くなる間際、まず、思いもしなかった自らの運命に驚き、それを呪った。ご自身が招いたことではあるが、全く意図されなかったのだろう。

 そこで生まれた様々な負の感情が、第三の民に災いをもたらす、悪意となって、地中や大地に散らばった。


 次に、第三の神は、祖神である自分がいなくなることで、いわば子どもである、われわれ人間の行く末をご案じになった。われわれをあわれんで、最後までいつくしんだ。

 亡くなるまでもたれた、その愛情が、第三の民に幸せをもたらす、善意となって、空に散らばり、そして大地に降り注いだ––––」


 口を大きく開いたマルコは、ただ、ただ、その不可思議な神話に圧倒されていた。が、やがて、いろいろ聞かずにはおれなくなった。


「すごく、何というか……すごいお話だね。

 ……それじゃ、マリスやグリーは、この神さまの……体の一部ってこと?」


「そうだねぇ……。成分については、今も魔法学院アカデミーで研究されている。一般には、ご遺体が散って時を経て石になった物、と信じられている」


「なるほど。……でも、ちょっと待って!

 ということは、神の悪意の石も、善意の石も……、この世界には、たくさん、たくさんあるってこと?」


「…………。そういうこと」


 アルはしょんぼりして、最後は短く、そう答えた。

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