3 おはらいのお祭り

 テンプラムの町を見下ろす丘に、マルコは腰掛けていた。

端村はしむらと比べると、本当に人が多いなあ。いつもこうなのかな」と思う。


 すると、アルが両手に––––片手は大杖も持ちながら––––紙の袋を持って丘を登ってくるのが見えた。

 やがてマルコの元にたどり着いたアルは、汗をかきかき声を出す。


「はああ〜……つかれた。牛串……買ってきたよ」


 彼はマルコに袋の一つを手渡した。そして自らも急いで座り、唇をなめて、いそいそと袋の中身に手を入れる。


 マルコが袋の中をのぞくと、大ぶりの牛肉の串焼きが三本も入っていた。


     ◇


「はぁー。新鮮なお肉ではない、とわかってはいても、匂いをぐと、つい買ってしまうんだよなぁー」


 あっという間に三本とも完食したアルが、不満げに感想を言った後、横を向いてゲップをした。

 マルコは、まだ牛串を頬張りながらたずねる。


「……もぐ。それで、これからの計画は?

 ……ング」


「このあと、あそこに並ぶ石板のところへ行って、君にマリスの成り立ちについて教えたいんだ。……マルコ、その牛串美味しい?」


「……もぐ。久しぶりに、鳥肉以外のお肉で、嬉しいよ。……ゴクリ。ありがとうアル! 少しお肉くさかったかな」


 マルコも完食して、水を飲みつつ、気になる事をアルに聞いた。


「……グビ。ふうう〜。あのさ、あそこの人たちは、マリスの影響は大丈夫なの?」


「考えてある。その袋から出さなきゃ大丈夫なはずで、もし多少の事があっても明日からおはらいのお祭りなんだ。……お肉やっぱり臭かった?」


「ん? うん。それで……おはらいのお祭りって?」


「そう……。混沌をつかさどる神、ディオニソスの降臨祭。その場に立ち会う人は、ひと時の混乱の後、それまでの不浄がはらわれて、生まれ変わったようにきよらかになるという……。

 5年前に私も参加したが、グリーの影響は無かった。今回も大丈夫か、その袋の効力をみるのにちょうどいい」


 マルコはわからない事もあったが「なるほど」とつぶやき、遠くに見える神殿から、アルの横顔に目を移した。

 アルは遠くを見つめ、続ける。


「……ちなみに、あくまで参考だけど。そのお祭りでは、生贄として牛が捧げられ、その神聖で、かつ新鮮なお肉は、町の食堂にふるまわれる……」


 マルコは、アルの横顔をまじまじと凝視した。しかし、アルはその視線を避けるように、遠くを見つめたままだ。

 マルコは疑いを持った。


「……もしかして、……まさかとは思うけど、アルが僕をここに連れて来たのは、その新鮮な牛肉を食べたかったからじゃ––––」


 大急ぎで、アルは荷物をまとめ始めると、引きつった笑顔をマルコへ向けて言った。


「まさか! 大事な使命の中、そんな、そんな理由で真っすぐ北ではなく、西に寄り道するなんて––––」


「真っすぐ、北へ行ける道もあったんだ!」


 マルコが怒って声を荒げると、アルは文字通り、荷物をまとめ丘を駆け下りる。

「待てーー!」と叫びマルコが追う。



 風が吹いて、午後の日差しで輝く芝の緑が光の波を作る。橙色オレンジと薄灰色の点が駆け下り光の波を横切った。

 その後ろを、黒と茶色の点が追いかけ小さくなっていく。


 彼らの向かう先、遠くに見える丘も緑で、石灰岩の白っぽい柱と板の向こうには、雲が浮かぶ青空が広がっていた。

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