11 老人からの謎かけ

 次の日、マルコの寝室に招かれた治療師は、麦わら帽子をかぶったまま診察し、マルコの脚の包帯と薬草の湿布しっぷを外すと驚きの声をあげた。


「……はれ! もうだいぶ治っとるな!」


 その後、ソフィアとひそひそ話しをしていたが、笑顔で一度だけ帽子を脱いでお辞儀をした後、「畑仕事があるから」と言ってそそくさと帰った。

 ソフィアは、不思議そうにマルコの顔をながめていたが「治療師さんが言うなら」ということで、外出の許可をくれた。


 シェリーとポンペオは、村の何人かと、夜明けから市場へ出かけていったとのことで、留守だった。


 「一人で森へ行ってはいけない」ときつく言われていたマルコは、軽く訓練をした後はとりたててやる事もなく、手持ちぶさたになったので、鍛冶屋のスミス老のところで装備一式を手入れしてもらうことに決めた。


 昼には少し早かったので、ソフィアが大きな笹の葉で巻いたご飯の弁当を作って、持たせてくれた。


     ◇


 村の広場を歩いていると、夕べの宴会に出ていたのだろう、何人かの村人が「あらぁ」とか「よっ!」とか、声をかけてくれる。

 憶えていない人たちばかりだが、マルコも「どうも」と一人ひとりに答えた。


 改めて見回すと、初めて訪れた時よりも歩いている人が増え、少し活気が出てきたのかもしれない。マルコは自分のことのように嬉しかった。


 お目当ての鍛冶屋に向かっていると、遠くからでも分かる人懐っこい笑顔の、スミス老がこちらを手招きしていた。


     ◇


 大きく振り上げられた老人の細い腕が、力強く打ち下ろされると、正確に鋲が打ち込まれていく。小盾バックラーに付けた鉄板が丁寧に打ち付けられ、形が整えられて仕上がっていった。

 納得いったように、スミス老は破顔一笑すると、マルコにそれを手渡した。


「ほい! メタル・バックラー。……うまく使えば、これで猪豚の突撃もかわせるじゃろ。……ふあぁ」


 そう言って工具の小槌こづちで肩をたたきながら、椅子に座って一休みする。


 マルコは「ありがとう」と応えて受け取ったが、心ここにあらずで、膝の上にのせた、新しくなった鉄付小盾メタル・バックラーをぼんやりと眺めていた。


 スミス老は、工具箱から取り出したパイプに火をつけながら、そんなマルコの様子をうかがい見た。


「何やら心配ごとかいの? また、ふあぁ?

 あの、娘っこのことかいな?」


「ちがっ! そうではなくて、その……」


 スミス老は、広場の枯れた噴水を眺めながら、ぷか〜りぷかりと、ゆっくり煙を吐いていた。マルコが上目遣いに言う。


「…………。シェリーのお兄さん、あの、歌う小熊亭の息子さんって、どんな人だったんですか?」


 パイプを叩いて、屑をゴミ入れに落とした後、スミス老は「なるほどのぉ」とつぶやいた。振り返って、マルコに淡々と答える。


「……あんたも、わからんで辛いわなぁ。

 ここらのもんは、死んだ人間の話しをすることを、忌み嫌うからのぉ」


「……なんで?」


「習慣じゃのぉ……。

 だけんど、あんた……外国人だしのぉ。わしの独り言を聞いても、そう害はないわなぁ」


 と言うと、マルコに背を向け、作業場の屑を掃除しながら、一人語りをはじめた。


「あいつは、ほんにクソガキだったのぉ。悪戯イタズラが過ぎてのぉ……。だけんど、狩人になってからは、えぇえ男になっとったなぁ。

 ……ええ男過ぎてのぉ。……森の神さんが連れてったんかもしれんなぁ」


 なかなか聞きたいことが出てこない、要領を得ない話しにマルコは我慢して、ぐっと膝を握った。

 老人の語りは続く。


「だけんど……、言うことをきかんのは、一人前になっても変わらんかったのぉ……。

 ありゃあ、紫色のチャンバラ小僧のじゃないのぉ。赤色の娘っこの気性じゃのぉ……。あの嬢ちゃんも言い出したらテコでも聞かん––––」


「あの! 子熊亭の息子さんって、狩りの腕はどうだったの? 森との関わりとか……」


 思わずマルコが口を挟むと、とたんにスミス老は押し黙り、横顔を向け横目でちらりとマルコを一瞥すると、白々しく語った。


「はて? わしゃあ独り言をいうとったが……。何か声が聞こえたかのぉ? 不思議なこともあるもんじゃて……。

 狩りの腕は、……堅実だったのぉ。一度森に入ると、獲物を必ず一匹とって帰ってくる。……ふあぁ。

 だけんど、森に魅入られてしもうてのぉ。

『見張り』がどうとか言うて、村のもんの反対も聞かず、仕舞いには森に小屋まで建ててのぉ」


 マルコは喉まで出かかった「森の小屋?」という驚きの一言をなんとか飲み込んで、両膝をつかみ肩を前後に揺らしながら、続きを待った。


「……あいつは、森の中で、いったい何をしとったんじゃろうのぉ?

 その小屋に行きゃあ……何かわかるんかもしれんがのぉ。

 …………。

 まあ、言うてもあいつは、村の誰よりも、森の深くに入れたからの。

 おちおち奥まで小屋なんざ探しに行った日にゃあ、こっちが、森のぬしの格好の獲物になるだけじゃろうて。……ファファファ!」


 と笑ってスミス老が振り向くと、さっきまでいたマルコの姿は消えて、座っていた椅子だけがあった。


     ◇


 中天を過ぎた太陽が、端村の柵の影を伸ばしているころ、何度も通ってすっかり馴染んだ、壊れた柵をくぐりながら、マルコは思い出していた。


 狩りで森に入っていた時、あの岩場に着くと、決まってシェリーが「ここから先はダメ」と言って、引き返していた。きっとシェリーのお兄さんの小屋は、あの先にあるんじゃないだろうか。

 マルコは一人で森に入ることにした。


 この時、彼は気づいていなかったが、この地で彼は、初めて自らの意思で行動していた。

 それが、運の尽きだということも知らず。


     ◇


 日が暮れた森には、体を芯から冷やす寒さがたまり、奥まで幾重にも重なる樹木の幹は、まるで訪問者から巧妙に秘密を隠しているようだった。


 自分の聴覚が異様に発達したかのように、フクロウの鳴き声や虫の音は間近に聞こえ、地面を這いずる生き物の音までもが、聞こえる気がした。


 マルコは、急ぎ足でかき分けるように暗い森を歩きながら、何でこんな事になったのか、必死に考えていた––––。


 はじめ森に入った時は、久しぶりに一人きりになれたと思い、木漏れ日の中、爽やかな解放感を楽しんでいた。見覚えがある草むらで、足の向くまま森の散歩を味わう。


 大まかな方向だけ目星をつけて、気楽に歩いていると、鳥の声がするくらいで、静けさと森の新鮮な空気のせいか、頭の中が澄み渡り、––––余計な事に––––この地に来てから数日の様々な疑問が頭をよぎった。


     ◇


 今日、亭主夫人のソフィアが玄関で見送る時、マルコの手を握りしめてなかなか離さなかった。

 何か言いたそうにこちらを見るが、その瞳はすぐ下を向いて、待っても言葉は出てこなかった。

 しばらくしてマルコが「じゃあ、行ってきます」と言うと、笑顔になって何度も頷き、不意に背中を見せて後ろを向くと、玄関の中、食堂の暗がりへと入って行った。


「夕べのあの宴会は何だったんだろう?」と何度も思い出した。

「村の人たちは、やっぱり文化が違う人たちなんだなあ」マルコはシダの緑をかき分けながら、「シェリーも習慣が違うんだな」と一人でくすりと笑った。

 マルコにとっては少し野蛮なあれこれが、今だとなぜか興味深かった。


「今ごろ、ポンペオの商いは順調だろうか」と思い、スミス老が言った「紫色のチャンバラ小僧」とは彼のことなのか想像してみた。そして疑問が浮かぶ。

「ポンペオは、どうして狂戦士バーサーカーの南方剣術を会得しているのだろう? 村で誰かに教わったのかな。

 そもそも狂戦士バーサーカーって何だ? 言葉の響きが、なんだか怖そうだ」


 記憶が確かなのは、山の上のアルの小屋からで、あれからもう随分とたった気がしていた。

 だが考えてみると、まだ十日も経っていない事にマルコは驚き、そして感慨深くなりながら、森の奥の見慣れない木々や岩場を過ぎて、そのまま歩みを進めた。

 アルの小屋から運んできた荷車は、今は子熊亭の中庭に置いてある。

「あれはなぜ戦車なんだろう? 昔、誰かが戦いに使っていたのかな」


「そういえば、小屋の小さな井戸で水を飲む前––––まだこの地で飲んだり食べたりする前––––、自分の頭はぼんやりして、身体はふらふらしていたな」とマルコは思った。

 その当時彼は、目にする景色も定まらず、風景が何重も重なって見えたりした。

「そう。井戸端で山を振り返って眺めた時、ほんの少しの間だけ、山のいただきにかけていくつもの砦、城が見えた気がする。あれは、何だったんだろう––––」


 マルコがふと顔を上げると、空は赤色を過ぎて、青黒くなりかかってていた。

 周りを見渡すと、一度も見た事のない森の中にいて、空以外は黒々とした影にしか見えない。


 マルコは胃から何かがせり上がるような気分になり「しまった」と心でつぶやくと、きびすを返して来た道を戻りはじめた。

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