8 端村への凱旋

 夕日が端村を照らし、広場の裏手の家並みを赤く染めている。

 カラスのような鳥の、間の抜けた鳴き声がする。


 シャルロットとマルコは縦に並んで、村を出た時と同じ壊れた柵から入っている。それぞれが一羽ずつ、大きな鳥の亡骸なきがらを背中にかついでいた。


 マルコは、シャルロットが背負う羽毛が綺麗な鳥––––マルコの一撃で倒せた二羽目––––の亡骸を、前に見ながら端村を歩いていた。

 二羽とも運べると言ってみたものの、シャルロットがどうしても一羽は自分が運ぶと言ってきかなかったものだ。


「大きな鳥だから、このには重過ぎないかな?」

マルコは様子を見たくて早足になり、横から彼女の顔をのぞく。


 するとシャルロットは、晴々とした表情を通りこして口もとはニヤニヤしっぱなし、瞳はほうけたように上の空だ。

 直接言うことは決してできないが、少し、目がいっちゃっている。


 マルコが思わず目をそらすと、昨日見た鍛冶屋の白髪のお爺さんが、家の裏手の椅子に腰かけて、日なたぼっこをしているのが見えた。

 お爺さんは気持ち良さそうに薄目を開き、ふとこちらに気づくと、かっと目を大きく見開いて、驚きのあまりか口もあんぐりと開いた。


「オイ! そこの……ねえちゃん。ちがう。

 ……ふあぁ?

 はあ! 小熊んとこの、娘っこ!」 


 駆け寄るお爺さんへシャルロットはゆっくり首を回して、マルコがこれまで、どこでも目にしたことがないほどのドヤ顔をしている。


「わたしは、小グマの娘じゃありまっせーーん。

 歌う小熊亭のカンバン娘!

 ……ですが、なにか?」


「……ぐ。そ、それ、しょっとるの……、どうしたんじゃ?」


「あら、これ? 背中にある獲物のこと?

 もちろん! 狩りの成果よおおお!

 ……こちら、異国から来た、超、ウホン!

 ……イケイケ狩人のマルコさん。一緒に仕留めたの!」


「い、異国の……? ぎゃ、外国人か!

 まあそれはええ……。

 だけんど、ホロホロ鳥を一度に二羽も、一度に二羽も……」


 いろんな事に動揺しワナワナと震えているお爺さんに対して、挑発するように応じるシャルロットに、マルコは内心はらはらした。が、ここは付き合いの長い村の者同士に任せて、黙って観ていた。


 すると、シャルロットがふっと優しい表情に変わる。


「……スミスじいちゃん。今日は、晩ごはん、うちに食べに来なよ。ほかにも何人か誘ってさ」


     ◇


 歌う小熊亭の食堂にある古くて大きな暖炉が、パチパチと火花をはじかせ明るく燃え盛っている。

 赤と橙色オレンジの暖かい灯が照らす部屋には、かしのテーブルがいくつか並んでいる。暖炉の反対側にカウンターの台、その奥に厨房があり、かまどの鍋からはもうもうと湯気が立っていた。


 先に風呂と着替えを済ませたマルコは、奥の席に腰かけ、桃色の泡立つ飲み物を片手に大きな部屋の様子をしげしげと眺めた。


 亭主のポンペオは額に汗しながら小気味よい音をたてて野菜を切る、と思うと移動し、大きな鳥肉を慎重に切り分け鍋に入れる。


 夫人のソフィアは、大ぶりのスープ碗を、まるで踊るように体を回して、テーブルに配膳している。

 夫婦は威勢よく声を掛け合い、本当に生き生きとした笑顔を見せていた。


 玄関からは、村の人々がまだ訪ねてくる。テーブルに座っているのは、10人ほどだ。スープリゾットを食べながら、笑い合い語り合っている人たち。

 かたわらに幼い子どもを連れ、自らもスプーンを口にすると、静かに涙する女性の姿も見えた。


 玄関で客を迎え、席に着いた人たちに話しかけているのはシャルロットだ。

 すでに毛織り物の上下に着替え、薄い黄色の衣服には、暖炉の橙色の灯りが跳ねて写りこんでいる。

 こちらに気づくと、笑顔で手を振ってくれたので、マルコもしまりのない笑い顔をして杯をあげ応えた。


 マルコはちびちび飲みながら、小熊亭に帰り着いた時の事を思い出していた––––。


     ◇


 何よりまずソフィアに心配され、シャルロットの後、マルコの体にも傷がないか念入りにあちこち触られた。

 そして「無事で良かった!」と言って、シャルロットにしたのと同じように、マルコの体をきつく抱きしめた。そんな暖かい抱擁は、マルコは初めてだった。


 ポンペオはシャルロットと何やらコソコソ話した後、男同士で話がしたいと言って、奥の席にマルコと座り、話しはじめた。


「……マルコ、おまえさん、獲物を倒した後も、つかれないんだって?」


「……ど、どういう事でしょう?」


「……いやな、俺もここから北は、ルスティカっちゅう町くらいまでしか知らんけどな。


 ここのはずれ森で獲物を狩る……つまり、大きな生き物の命を奪うとな、みんなたいてい、つかれ切ってだるくなるんだわ。

 だからよ、おまえさん二人が、ホロホロ鳥を二羽も持って帰ってきて、そりゃあ、おったまげたもんよ!


 でもよ、シェリーが言うには……おまえさんが一羽目を狩った後もよく動けてたって。『あれは、いけいけだ』って。

 ……娘の言う事、さっぱり意味わかんなくてよ……」


 マルコは何だか居心地が悪くなってきて体をよじらせたが、この気の良さそうなポンペオに何か答えてあげたいと思った。


「……あの、僕がそれほどつかれなかったのは、あんなの初めてで興奮してたからかも。人より体力があるのか、わからないけど……前は––––」


 すかさずポンペオが片手を向けて制した。


「待った! 分かった。何もおまえさんの事をあれこれ詮索するつもりはないんだ。それはほら、アルのやつから、しつこく言われてるからな。


 …………。まあ何にせよ、こうして無事に帰ってくれたわけだし。ぶっちゃけ、あんな立派な獲物をとってきてもらえて助かった。

 村のもんも喜ぶだろうよ。ありがとう」


 マルコは恐縮して、その場は曖昧あいまいな返事をしただけだったが、感謝された喜びがじわじわと後から込み上げてきて、良い気分になった。


     ◇


 そんな良い気分を思い出し、ニヤニヤと不気味に笑いながら、ちびりちびりと飲み物を傾けているマルコの前に、背中の曲がった影が近づいた。


 鍛冶屋のスミス老は、獲物を二羽も狩りながらつかれも見せず、村の食料難を救っても余裕の笑みを浮かべるマルコ––––単に思い出し笑いをしていた––––に、すっかり感心して、おそるおそる声をかけた。


「……オイ。……ふあぁ、くつろいどるところ、すんません」


 マルコがびっくりした目で「あぁ!」と顔を向けると、スミス老はもっと驚いて「ふあぁ!」と一歩身を引いた。


 再び、おそるおそる切り出す。


「わしゃ、広場のとこで鉄を打っとるスミスちゅうもんです。……今夜は、けっこうなご相伴にあずかって、ありがたいこって……。


 ……ほかにお礼もできんけえ、あんた……武器やらの手入れが要るとき、こんど、寄ってくれればええ」


 それだけ言うと、心から恐れ入ったように腰をかがめ、スミス老は離れていった。



「はーい! ずいぶん待たせちゃったわね。昨日とは香草ハーブと味付けを変えてるから。めしあがれ!」


 ついに目の前に、スープリゾットの大きなお碗が置かれた。湯気の奥にあるはずのお肉を、マルコはうきうきと心弾ませながらスプーンで探す。


 ソフィアが腰を曲げて顔を近づけ、楽しそうに笑顔で話しかける。


「本当はね! 村の英雄のお皿には、最初の獲物のクビを添えるのよ」


「え?」


 マルコがさっと青ざめた顔を向けてまじまじと見るが、あくまで笑顔のソフィアは続ける。


「でもね、シェリーの話しだと、最初の獲物は手こずって形も悪いから、明日にでも、綺麗な頭がついた、二羽目のクビを添えたほうが––––」


「いやっ! いいです、いいです。そういうの本っ当にいいです!

 僕、クビは……あー……、僕! 村の英雄にはまだまだなので!」


 その時ソフィアは背後から呼びかけられたので、マルコにもう一度笑顔を向けた後、「そぉんな事、ないわよ〜」とつぶやきながら去っていった。



「アルの言った通り無敵かもしれない」夢中でスープリゾットを食べながら、マルコは思った。

 小熊亭のスープリゾットに鳥肉が入り、鳥の出汁も加わると実に味わい深く、旨みが濃厚で、野菜もご飯もチーズと一緒に、夢のように美味しく食べた。

 ただ、どこの部位だかわからない骨付き肉があった––––首の輪切りだろうか––––ので、マルコは丁寧にお碗の隅に寄せて残した。きっと出汁がよく出るように入れてくれたものだろう。



 食べ終わって満足げな吐息をもらすマルコの前に、シャルロットが立っていて、真っすぐにこちらを見つめていた。


「今日はおつかれさま! マルコ。

 あの森、初めてなのに、本当にすごいね」


 マルコは赤面し照れて仕方がなかったが、相棒の彼女を何とかねぎらう言葉をかけたかった。


「あ……。おつかれさま! シャルロット。今日は本当に……、お互い、がんばったよねえ」


「シェリーでいいよ」


 そう言うと彼女は、マルコから顔を隠すように、そよ風が通り過ぎるように離れて、二階への階段を軽やかにあがっていった。


 マルコは、これまで一度も経験した事がないような、楽しい時間を過ごしていると感じていた。

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