5 中庭での訓練

 翌朝。

 マルコが目をさますとアルはいなかった。


 彼はベッドで、またぼんやり不安になる。

 だが昨日の光る石を思い出せたので、ふうと息を吐いて起き上がった。


     ◇


 階段を降りると、「大丈夫か?」と亭主の声に続いて、ソフィアの明るい声がする。


「今朝はとっても調子がいいの!

 アルのお野菜を食べたおかげかしらね?」


「あいつが来ると、俺も調子がいい。

 たっぷり肉づいた腰もこーんなに回るぞ」


 おどけて体をひねるポンペオは、マルコと目が合うと「あ」と動きが止まる。

 大笑いしたソフィアが、「おはよう!」とマルコに挨拶した。


「おはよう」とマルコも返し、何を話せばともじもじする。

 すると亭主は、思い出したようにカウンターへ駆け寄った。

 何かを取って、マルコに手渡す。


「ほら! あいつの手紙、預かってるぞ!」


 薄茶色の紙を、マルコはあわてて開いた。

 すると白い光が放たれ、文字がしたためられている。


     ◇


 マルコへ


 君を置いて、出かけてすまない。

 私は、マリスの入れ物を忘れてしまった。

 杖のグリーにもかぶせている物だ。

 あれがないと危なくて仕方がない。


 馬を借りることができたので、入れ物を取りに北の町へ行き、二、三日で戻ります。


 そのあいだ、剣術を学ぶといい。

 ポンペオさんに話してあるから大丈夫!

 君も自分で身を守るすべが必要だろう?


 世界をいろどる神々のご加護がありますように

             アル 



追伸 大事なこと

 剣を学んだら、宿の娘のシェリーと狩りに出るといい。すばしこくて弓を使える。

 もしホロホロ鳥がとれれば最高だ。

 あのスープにお肉が加わると、こんなに美味うまいのか、と感動するだろう。楽しみだ。


追伸 もっと大事なこと

 森では、猪豚いのぶたに注意してほしい。どう猛なので怪我けがしたら大変だ。

 しかし、そのお肉は美味びみだ!

 とろけるようで味は濃い。もしとれたら、どうか私にも残してほしい。


 そうそう、日が沈んだ森には決して近づかないこと!


追伸 一番大事なこと

 実は去年、亭主夫婦は大切な御子息を森で亡くしている。

 二人の態度で妙に思うことがあるかもしれないが、どうか優しくしてあげてほしい。

 できるだけで、大丈夫だから。


     ◇


 本文より追伸が長い手紙に、マルコはあきれた。

 アルの食べものへの執着にも感心しつつ、どうしても最後の追伸が気になってしまう。


 マルコがそろそろと手紙から顔をあげると、亭主夫婦がうるんだ瞳で彼を見つめる。


 その背後に、台にかかった革鎧があった。

 ざらついた金属の肩当てが、鈍く光った。


     ◇


 ポンペオが、熱く語る。


「これは、鉄と革の鎧だ。

 マルコ、おまえさん剣を習いたいって?

 アルのやつが言うには、おまえさん異国で狩りをしてたから、すじはいいってことだ。

 何にせよ、安全な装備が肝心だからな」


 マルコは、いったいなにから訂正しようかと目を泳がせた。

 するとソフィアが、急に嗚咽おえつする。


「本当にね!

 ……どうしても捨てられなかったの。

 でもねマルコ。あなたが使うなら、あの子きっと喜ぶと思うのよ。

 剣をふるにも狩りをするにも、まずは怪我けがしない……」


 耐えきれず、腰をかがめソフィアは泣きはじめた。

 その肩に、ポンペオが優しく腕をまわす。


 マルコはすっかり狼狽ろうばいした。

 だがしかし、なぐさめの言葉を口にしていた。


「ありがとうポンペオさん、ソフィアさん。

 その鎧……試しに着てみます。

 いろいろ、教えてもらえますか?」


 夫婦は涙で崩した顔をあげると、笑顔になってマルコを見上げた。


     ◇


 小熊亭の中庭に、木刀がぶつかる甲高かんだかい音が響く。


「右! すかさず左! ……そうだ。

 まだ休むな! 次は突き!」


 ポンペオは、訓練になると人が変わって、厳しかった。


 マルコは、息子の形見の鎧を身につけて、左手首に木製の小盾バックラーを装備する。

 が、どうも慣れず、思う通りに動けない。


 ポンペオはやがて、不敵な笑みを浮かべ、木刀と小盾をたくみにあやつりはじめる。

 マルコは歯をくいしばり、太っているのに機敏な亭主の動きに食らいついた。


     ◇


 中庭に、丸太で組んだ仕掛けがある。

 その柱に背中をあずけ、ポンペオは地べたに座り込んでいた。


「はああー……。ふうう〜!」


 眉をひそめるソフィアと、汗だくのマルコが、そろって見下ろす。


「あなた。今日はもう、終わりにしたら?」


「そうだよ、ポンペオさん。

 僕が慣れてなくて無理させちゃって––––」


 すかさず、ポンペオが片手を上げる。


「待て! ……ひと息ついた、はぁ。

 大丈……ぶ、だから……おえっ!」


 マルコと夫人は、困った顔で口を開く。

 と、またもポンペオが片手をあげた。


「少ししたら! はぁ。動ける。

 それまでマルコに、講義、だ……ヒー!

 そもそも、この南方剣術は、山脈の南へとやってきた狂戦士バーサーカーが……」


 それからポンペオは、息も絶えだえ、彼の剣術の由来を語り出した。


 昔、雪壁の山脈から南下した狂戦士バーサーカーは、斧と剣の二刀流で、盾はこのまなかった。

 だが力ない者は小盾を用い、いざとなれば武器を両手持ちにしたという。

 その特徴は、小盾の受けを最小限にして、反動を次の攻撃にいかすことだった。


 話は長かったが、マルコは踏み込みやつま先回転、重心移動のやり方を聞いた。

「最初の一手をよければ大抵なんとかなる」というポンペオの言葉がひびいた。


 話が済むと、ポンペオは立ち上がり、丸太の仕掛けをいじりだす。

 しばった縄をほどき、たぐりはじめた。


「いいか? ふう。一回しかできそうにないから、目え開いて……よおく見やがれ!」


 荒っぽくなったと思いつつ、マルコは何がはじまるのか見てみることにした。


 ソフィアは、遠く離れた軒下のきしたで、両手を組んで祈る。



 日は中天に昇って、軒先のきさきの屋根をまぶしくてらす。

 そこに、何者かの細身の影があった。

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