4 歌う小熊亭の夜
その夜。
マルコが風呂から戻ると、部屋は暗いままだった。
奥の扉で、ぼんやり白い光がにじみ出る。
マルコは風呂の感動を伝えたくて、わめきながら扉に歩く。
「聞いてよアル! ここ、ヒノキのお風呂があってね、もんのすごく良い香りがす––––」
彼が扉を開けると、
思わず腕をかざしたマルコは、顔の前から腕をおろすと、目を大きく見開いた。
◇
光の
あの暗い袋は、この石を隠していたのだ。
杖の先は数本の枝に別れ、まるで骨と皮になった老人の指がつかむように、しっかりと石を支えている。
その光の下に、アルが座っている。
赤い
すると彼は、口からゆっくりと息を吐き、何か唱える。
窓の外へ、石から雲が、飛び出していく。そして、いくつもの細い光の
その光景を
「説明するね……。
この白い石は『神の善意』というものだ。王がいる
強力な魔力を秘めていて、近くにあれば、人に活力や希望をもたらし、より良き者にするといわれる。
ただし、人はこれに
例えば……ある古文書に、うっかりグリーにさわった男の記録がある。彼は、背中から白鳥のような羽が生えてしまい、妻を置いて泣きながらどこかへ飛び去った、という」
おもむろにアルは立ち上がり、マルコへと向いた。
「私は、王立
この力で、
今や、アルバテッラ王立
そして頭を沈めて膝をつき、マルコに拝礼する。
緊張のあまりマルコは、湯上がりの薄着のまま立ち尽くし、何度もくしゃみをした。
しかしアルが優しく
◇
着替えたマルコに、アルは窓際の椅子をすすめ、頼みを話す。
「実は、神の善意に
そちらは『神の悪意』というんだ。
私たち魔法使いは、マリスと呼ぶ。
長年私は、この近くにその石があるんじゃないかと調査をしていて……。
今回、マルコが召喚に応じてくれたから、一緒に運び出して、管理が
もちろん、難しかったらあきらめる。
そう聞いて、マルコは混乱するばかり。
自分の事も霧がかって思い出せないのに、善意の石だとか、悪意の石だとか、自分がどうしたいかなんて、わかりようがなかった。
気づくとなぜか、目から涙を流していた。
「あの、大きな話で驚いて……。
そんな石を運び出すって、僕なんかで役に立てるの?
この近くに悪い石? があって、アルが、この村から離したいっていうのは分かるよ。
みんなのことを考えてのことだよね?」
その言葉に驚いて、アルは目を開く。
だが、口もとは結んだまま、続きをうながした。
「でも、そんなに力のある石なら……とても危険じゃないの?
そんなの、僕、そんな責任持てないよ!」
マルコの感情が爆発しそうになる。
アルはゆっくり両手を広げ、震えるマルコを抱きしめた。
そうして、ささやく。
「もちろん君は、このことに責任はない。
帰還の術は
神の悪意はどんな石なのか?
大変危険なものだ。けど、目にしてもらったほうが話は早い。
言葉でそれを語るのは、ひょっとすると、この白い石を語るよりもずっと難しい。
そして、最も大切な問い。
君が、この仕事で役に立てるのか?
言うと、君は必要不可欠な存在で、むしろ君がいなければ、マリスを運ぶことは大変な困難を極めるだろう」
言うが早いかアルはうしろにあった大杖を手に取り、マルコの前に神の善意と呼ばれる石をかざした。
柔らかい光がマルコの顔を明るくてらし、輪郭を黒くする。
マルコは、その光が嫌ではなかった。
ほんのり暖かくて、気持ちが良かった。
「マルコ、君は、雪壁の山脈から西、アルバテッラの人じゃない。
私たちの神の影響の下にないんだ。
だから……この石を、手で、
マルコは、なぜこの時素直に従ったのか、自分ではわからない。
それはずっと心のつかえとなって、その後も解けない謎のままだ。
だが今この時は、魔法使いの願いに応じてその指を伸ばした。
◇
神の善意、グリーと呼ばれるその石は、窓からのぞむ星空を背景に、満月のように白く輝いていた。
マルコと呼ばれる異邦人の手が、
彼が目を閉じると、涙のあとを光がてり返す。
光に触れた指は何か感じるように脈打つ。
しかし、
彼は変わらず彼のままで、ゆっくりと瞳が開く。
魔法使いと目が合うと、青年というには
アルは、
「これが、あなたをこの地に招いた理由で、私が召喚術の探究者となった理由なのです」
そして彼は、鋭い目で白い石を見つめた。
◇
同じ頃。
同じ屋根の下で、
背中には
窓際で
窓の外から、
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