3 端村

 端村はしむらの広場に、枯れた噴水がある。

 広場に面した建物は、様々なお店のようだった。雑貨屋、洋服屋。

 食品店は、遠くから見ても商品が少ない。

 閉まっているお店も多く、歩いている人もほとんどいない。


 鍛冶屋らしき店の奥で、白髪しらがが薄くなったお爺さんが椅子に座り、沈んだ目でこちらを追っている。

「活気がないのかなあ」とマルコは思った。


 歌う小熊亭は、そんな広場の奥にあった。緑色の扉の上に、可愛かわいらしく口を開いた小熊を描いた看板がつり下がっていた。


 ふり向いたアルは、輝くばかりの笑顔を浮かべ、興奮して語り出す。


「やっと着いた!

 久しぶりにあれが食べられる。ここの自慢の、チーズかけ野菜スープリゾット! ここでしか食べられない、独特の出汁だしが新鮮な野菜たちに染みて……。


 くーーっ!

 運が良ければホロホロ鳥のお肉も入っている! お肉とスープの中のご飯と野菜とチーズを一口で口の中に含むと––––」


「早く入ろう……」


 マルコは話しが止まらないアルを押しのけ、扉に手をかけた。

 これまで経験したことないほど、お腹がすいていたのだ。


     ◇


 古いテーブルをはさんで、正面のアルがほほをふくらませて、一生懸命に口をもぐもぐとさせている。


 マルコは笑ってしまいそうになるのをこらえながら、自分も前菜の葉物はものと、鳥の燻製くんせいと、チーズをせっせと口に運んでいた。


 お酒に見えたので一度断った飲み物は、薄い桃色をした微炭酸だ。

「……甘い」

一口飲んで、マルコは幸せそうにつぶやく。


 その一口で前菜を流し込むと、体中の深い満足感と共に、さらなる食欲をもたらした。


 お店の中に入った時は仏頂面だった太った亭主が、濃い紫色の髪を手ぬぐいでまとめ、手際良く野菜を切って鍋に流し込んでいる。


 となりでは薄い赤色の髪をした夫人が手伝いながら、これまた手際良くテーブルに配膳してくれていた。

 店内を見渡すと、他に客はおらず貸し切りだった。


 壮年の亭主はポンペオ、夫人はソフィアと名乗り、アルとは前から馴染なじみのようだ。

 夫婦は料理をしながら、アルは食べ物をほおばりながら、会話が途切れることがない。


「アル、いつも新鮮な野菜を届けてくれてありがたいが……、今日はとびきり多いな!」


「そうよアル。いつもありがとう。

 村ではあなたのこと、何考えてるか分かんない魔法使いだー! なんて言う人もいるけど、いつも私言い返してるの。


 彼は、とびっきり美味しい野菜を作れる、素敵な魔法を使えるのよ! って。

 だから遠慮なんかせずに、もっと村に顔を出してちょうだいね」


「……モグ、んぐ。ぷはー!

 ありがとうソフィー。アカデミーの仲間に伝えたら、それは褒め言葉じゃないって言われそうだけど、お気持ちに感謝します。


 ポンペオさん、紹介した通り、このマルコと私は旅に出るんです。ひょっとしたら私が届ける野菜は、今年は今日が最後かも」


「何だって! こんな、つやつやの野菜を、しばらく見れないと思うと、残念だな!」


「そうよ、アル。何か事情があって出かけるんでしょうけどね、私たちは戻ってくるのを待ってますからね。もしよかったらその、……あかでみ? のお友達も一緒に連れていらっしゃいよ!」


 そんなやりとりが終わると、ソフィアは、いっぱいの湯気をたたせた大ぶりのスープわんを運んできた。


 湯気から野菜の出汁だしと塩味と香草ハーブの良い香りがただよってくる。わずかに茶色と緑色が溶けた透明なスープには、色とりどりの野菜ときざんだ香草ハーブが浮かぶ。さらに、とろけたチーズもかかっている。


 マルコは、もう一度いただきますをしてスプーンを入れようとした。

 とその時、アルが声をあげた。


「あ……。ご亭主!」


「なんだい? あらたまって」


「ひょっとして……、その〜、狩りの収穫が思わしくない?」


 気まずそうなアルに対して、亭主のポンペオは無表情で、ソフィアが明るく答えた。


「やあだ、アル、分かったー?

 そうなのよ、ホロホロ鳥もなかなか取れなくなっちゃって……。 今日のお肉はさっきの前菜の分でおしまい」


「そ、それは大変な事態ですよね、奥方!

 もし、腸詰ちょうづめなどあれば、それをスープに入れても良いかと思うのですが」


 それを聞いた瞬間、亭主夫人のソフィアはまるで少女のようにころころと笑い出した。


「やだもう! 面白い人ね。腸詰ちょうづめの方が、鳥のお肉よりも貴重で高価なのよ。

 ……残念だけど、腸詰ちょうづめも今はないの」


「だから、なあにあらたまってんだよ! さっきっから。

 不猟ふりょうの時なんて今までもあったろ?

 食ってみなよ。肉がなくてもいけるから」


 と亭主が勧めたところで、マルコは我慢できずに一さじすくったスープを口に運んだ。


「……しみじみ美味い」彼は感動した。


 野菜の旨味と絶妙の塩加減が、つかれた身体に自然と溶け込み、隅々まで染み渡る。

 味だけではなく、体が求めているのものを食べている充足感がある。

 今度は、一つ一つの野菜を味わう。キャベツ、玉ねぎ、人参、どれも食べたことがないほど甘い。やがて、さじが止まらなくなった。


 一心不乱にスープリゾットを食べているマルコを横目で見ていたアルも、あわてて一口すくう。

 一瞬、「美味!」という恍惚こうこつとした表情を浮かべた後、同じくスプーンを口に運ぶのにせわしなくなった。


 しばらくして、さじを運び続けながら、アルはなぜか小声でマルコに話しかける。


「……ングんぐ。もちろんね! 美味しいよ、充分。……ズズ。でもね、こんなもんじゃないんだって! 真の実力は! ……ズズー」


「……モグ……ズズ。あの、このご飯のことを言ってる? ……もぐ」


「……ズ、ズー。そう! マルコ、君にはね、何としても鳥肉入りの完璧な形でこのスープを食べてほしい! バク!」


 そう言って口をもぐもぐと動かしながら、アルは鋭い眼差まなざしで周囲を見渡す。


 アルがふり返った先には、亭主夫婦が満面の笑顔を浮かべてこちらを見ている。一心に食事をしている自分たちを見るのが、この夫婦は嬉しいのだろうか? とマルコは気になった。


 素早く目をそらしたアルは、反対側のテーブル奥に目をやり、口を動かしていたが、ゴクリと飲みこんだ後に動きが止まった。


 何事かとマルコも視線の先に目をやると、立てかけた例の大杖の袋––––視線が吸い込まれる不思議な暗い色––––がある。


 アルはそれをじっと見つめたまま動きを止めて考え込む。

 そしてみるみる顔色が変わり、叫んだ。


「入れ物を用意するの忘れてた!」

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