3 チーズかけ野菜スープリゾット

 端村はしむら

 歌う小熊亭の食堂。


 古いテーブルをはさんで、正面のアルがほおをふくらませて、口をもぐもぐさせている。


 マルコは笑ってしまいそうになるのをこらえながら、自分も前菜の葉物はものと、鳥の燻製くんせいとチーズをせっせと口に運んだ。


 お酒に見えたので、一度断った飲み物は、薄い桃色の微炭酸だ。


「……甘い」


 一口飲んで、マルコは幸せになった。

 飲み物で前菜を流し込むと、深い満足感と共に、さらなる食欲をもたらした。


 お店の中に入った時は、仏頂面ぶっちょうづらだった太った亭主。

 いまは濃い紫色の髪を手ぬぐいでまとめ、手ぎわ良く野菜を切って鍋に流し込む。


 となりで、薄い赤色の髪をした夫人が立ち働く。これまた手ぎわ良くテーブルに配膳してくれていた。

 店内は、他に客はおらず貸し切りだ。


 壮年の亭主はポンペオ、夫人はソフィアと名乗り、アルとは前から馴染なじみのようだ。

 夫婦は料理をしながら、アルは食べ物をほおばりながら、会話が途切れることがない。


「アル、いつも新鮮な野菜を届けてくれてありがたいが……今日はとびきり多いな!」


「そうよアル。いつもありがとう。

 村ではあなたのこと、何考えてるかわかんない魔法使いだー! なんて言う人いるけど私いつも言い返してるの。

 彼は、とびっきり美味おいしい野菜を作れる、素敵な魔法を使えるのよ! って。

 だから遠慮せずに、もっと村に顔を出してちょうだいね」


「……モグ、ぷはー!

 ありがとうソフィー。アカデミーの仲間に伝えたら、それは褒め言葉じゃないって言われそうだけど、お気持ちに感謝します。

 ポンペオさん、このマルコと私は旅に出るんです。

 私が届ける野菜、今年は今日が最後かも」


「何だって! こんな、つやつやの野菜を、しばらく見れないと思うと、残念だな!」


「そうよ、アル。何か事情があって出かけるんでしょうけどね、私たち待ってるから。

 もしよかったらその、……あかでみ? のお友達も一緒に連れていらっしゃいよ!」


 そんなやりとりが終わると、ソフィアは、いっぱいの湯気をたたせた大ぶりのスープわんを運んできた。


 湯気から野菜の出汁だし香草ハーブの良い香りがただよってくる。

 茶色と緑色が溶けたスープは、色とりどりの野菜と、きざんだ香草ハーブが浮かぶ。

 とろけたチーズもかかっている。


 マルコは、もう一度いただきますをして、さじを入れようとした。

 とその時、アルが声をあげる。


「あ。ご亭主!」


「なんだい? あらたまって」


「ひょっとして……、その〜、狩りの収穫が思わしくない?」


 気まずそうなアルに対し、亭主のポンペオは無表情。

 ソフィアが明るく答える。


「やあだ、アル。わかったー?

 そうなのよ、ホロホロ鳥もなかなか取れなくなっちゃって……。

 今日のお肉はさっきの前菜でおしまい」


「そ、それは大変な事ですよね、奥方!

 もし、腸詰ちょうづめなどあれば、それをスープに入れても良いかと思うのですが」


 それを聞いた瞬間、亭主夫人のソフィアはまるで少女のようにころころと笑い出した。


「やだもう! 面白い人ね。腸詰ちょうづめの方が、鳥よりも貴重で高価なのよ。

 残念だけど、腸詰ちょうづめも今はないの」


「だから、なあにあらたまってんだよ!

 さっきっから。

 不猟ふりょうの時なんて今までもあったろ?

 食ってみなよ。肉がなくてもいけるから」


 と亭主がすすめてくれたので、マルコは我慢できずに一さじすくって口に運んだ。


「……しみじみ美味うまい」


 彼は感動した。


 野菜の旨味うまみと絶妙の塩加減が、つかれた体に溶け込み、隅ずみまでみわたる。

 体が求めるのものを食べる充足感がある。

 今度は一つ一つの野菜を味わう。キャベツ、玉ねぎ、人参、どれも食べたことがないほど甘い。

 やがて、さじが止まらなくなった。


 一心不乱に食べるマルコを、横目で見ていたアルも一口すくう。

美味びみ!」と恍惚こうこつとした表情を浮かべた後、同じくさじを運ぶのにせわしなくなった。


 しばらくして、食べながらアルは、なぜか小声でマルコに話しかける。


「……ング。もちろん! 美味しいよ充分。

 でも、こんなもんじゃないんだって!

 真の実力は! ズズー」


「モグ。あの、このご飯のこと言ってる?」


「そう。マルコ、きみにはね、何としても鳥肉入りの完璧な形でこれを食べてほしい。

 ……ズ、ズー!」


 そう言って口をもぐもぐと動かしながら、アルは鋭いまなざしで周囲を見渡す。


 アルがふり返った先には、亭主夫婦が満面の笑顔を浮かべてこちらを見ている。

 食事をしている人を見るのが、この夫婦は嬉しいのだろうか? とマルコは気になる。


 向き直ったアルは、テーブル奥に目をやりゴクリと飲みこんだあと、動きが止まった。


 マルコも同じ方に目をやると、立てかけた大杖の、暗い袋がある。


 アルはそれをじっと見つめるまま、考え込む。そしてみるみる顔色が変わり、叫んだ。


「入れ物を用意するの忘れてた!」

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